2017年3月2日 更新

PRIDEからHERO'S、パンクラスと格闘家の道を歩んだ大山峻護、40歳を超えてのプロレスチャレンジ!

柔道一筋の学生時代からPRIDE、HERO'S、パンクラスと格闘家としての道を歩み続けた大山峻護。眩いばかりのスポットを浴び、ときに峻烈極まる罵声に晒された彼は40歳でその格闘家人生を終え、いまはトレーニングプログラム「FIGHTNESS」を提唱して日々躍動中。そんな中、なんと42歳にしてプロレスにチャレンジするという彼に話を伺った。

3,073 view
「同じ姿勢でいることが多くなる、これは鬱の一因とされています。
とくにスマホって”猫背になって首が落ちて常に視線を下に向ける”
これって落ち込んだ時の姿勢に似ていますよね。

一個ネガティブな思考が入ってしまうと、入り込んでしまいやすい。
体と心は連動しているんですよね。」

格闘家だった経験は生きる

「営業は全部自分」これには格闘家としての経験が生きると笑う大山氏。

「普通の感覚だったら無理だろうと思うような大きな企業への提案にも、何ら臆せずに立ち向かえる度胸や挑戦心は、格闘家の根本と同じだと思うんです。」

さりとて誰もが悩み、壁にぶち当たるセカンドキャリア。大山氏は格闘家の後進の為にも道を切り拓きたいんだと意気込む。

(ミド編)50歳、60歳になったとき、どのようなご自身を想像されますか

「う~ん。50歳、60歳になったときの姿ですか?情熱を持ち続けている、これだけは言える(笑。」

「両親に恵まれている」と笑顔で話す大山氏

写真が大好きな父親、絵画や書道に取り組む母親。

ともにブログにアップして、日々楽しそうに生きている。
そんな両親をみて、自分もきっとそうだろうと。

ちなみにご両親のブログはこちらから。

写真大好きのブログ

写真大好きのブログ
大山吉郎さんのブログ「写真大好きのブログ」です。最新記事は「自宅の庭につどった野鳥たち(2)」です。

駒子の日だまり日記

駒子の日だまり日記
日だまりの猫さんのブログ「駒子の日だまり日記」です。最新記事は「芋虫なんて失礼だ」です。

新しい挑戦は「しんどいけど楽しい!」

「新しい領域に踏み込むことは”しんどいけど楽しい”これに尽きます。
しんどいけど、踏み出さないと何も始まらないんですから。」

DDTプロレスリング公式サイト | 最新のニュースやスケジュール、試合結果、チケット、イベント情報などお知らせします

DDTプロレスリング公式サイト | 最新のニュースやスケジュール、試合結果、チケット、イベント情報などお知らせします
DDTプロレスリング公式サイト | 最新のニュースやスケジュール、試合結果、チケット、イベント情報などお知らせします
なお1月29日現在の情報では、3月20日のさいたまスーパーアリーナ「大山峻護プロレスチャレンジマッチ」のマッチメイクは

高山善廣&ディック東郷 vs 大山峻護&未定

続報にも、そして3月20日さいたまスーパーアリーナのスポットライトの下でプロレスを目いっぱい表現する大山峻護の姿に大いに期待したい。
51 件

思い出を語ろう

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

歌舞伎町のど真ん中に昭和レトロな居酒屋、仕切るのはインディーレスラー「KUDO」!

歌舞伎町のど真ん中に昭和レトロな居酒屋、仕切るのはインディーレスラー「KUDO」!

東京・新宿歌舞伎町のど真ん中に昭和レトロ風居酒屋「エビスコ酒場」あり。プロレスファンならお馴染みのこの居酒屋を仕切るのは、DDTプロレスリングのトップレスラーKUDO選手。プロレスキャリア16年、今なおレスラーとして第一線で活躍を続ける一方、この土地で8年間飲食業を営むKUDO選手が淡々と語る、インディーレスラーとしての覚悟、そしてプロレス愛。
孤高の求道者は今なおボクシングの夢を追う、西島洋介山!

孤高の求道者は今なおボクシングの夢を追う、西島洋介山!

日本クルーザー級のパイオニアとしてその名を轟かせた西島洋介山を知らない人はいないだろう。手裏剣パンチを武器に闘った地下足袋ファイターは、そのボクサー人生の多くをアメリカで過ごした。またボクサーとして現役を退いた後には、日本国内で総合格闘技やキックボクシングにも出陣することに。様々なバックボーンを持ったファイター達とリング上で相見えてきた西島洋介山、孤高のボクサーはその拳にどんな想いを乗せて闘っていたのだろうか。
3月20日、DDTプロレスリング旗揚げ20周年記念大会! 屋台村から始まった高木三四郎のプロレス挑戦、辿り着いたのはさいたまスーパーアリーナ!

3月20日、DDTプロレスリング旗揚げ20周年記念大会! 屋台村から始まった高木三四郎のプロレス挑戦、辿り着いたのはさいたまスーパーアリーナ!

DDTプロレスリング社長兼レスラー、高木三四郎。現在のプロレス界において屈指の経営者、アイデアマンと呼ばれる彼が3月20日、さいたまスーパーアリーナにおいてDDTプロレスリング旗揚げ20周年記念大会を開催する。1990年代、新日、全日、UWF、FMWといった系譜とは異なる「屋台村プロレス」を発祥とする高木三四郎社長率いるDDTプロレスリングの強み、そして観客を魅了する仕掛け。プロレス界の異端児とも称される高木三四郎社長にお話を伺った。
【柔道】階級差を超えた伝説の戦い。古賀稔彦vs小川直也、吉田秀彦vs小川直也

【柔道】階級差を超えた伝説の戦い。古賀稔彦vs小川直也、吉田秀彦vs小川直也

古賀稔彦と吉田秀彦。二人のオリンピック金メダリストが重量級の世界チャンピオン小川直也と対戦した1990年・1994年全日本柔道選手権大会での活躍を振り返る。 世界を取った柔道家三人の関係値・因縁についても紹介。
きちんとチキン | 12,539 view
2002年、PRIDE.23で引退した高田延彦の「出てこいや!」は決してギャグでなく、90年代Uインターを知る者の涙を誘う名シーンだった!

2002年、PRIDE.23で引退した高田延彦の「出てこいや!」は決してギャグでなく、90年代Uインターを知る者の涙を誘う名シーンだった!

2002年11月24日、PRIDE.23のリングで引退した高田延彦。このとき引退試合の相手を務めた田村潔司への試合後のマイク「お前、男だ!」、そして大会ラストの「Uインター、上がってこいや!」はどちらも流行語となり、以降の高田は「出てこいや!」を持ちネタにすることとなります。しかし90年代Uインターを観ていた者にとって、この時の「上がってこいや!」はギャグなどでなく胸が熱くなる、そして涙を誘う名シーンであったことを忘れてはなりません。
青春の握り拳 | 9,044 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト