PRIDEからHERO'S、パンクラスと格闘家の道を歩んだ大山峻護、40歳を超えてのプロレスチャレンジ!
2017年8月7日 更新

PRIDEからHERO'S、パンクラスと格闘家の道を歩んだ大山峻護、40歳を超えてのプロレスチャレンジ!

柔道一筋の学生時代からPRIDE、HERO'S、パンクラスと格闘家としての道を歩み続けた大山峻護。眩いばかりのスポットを浴び、ときに峻烈極まる罵声に晒された彼は40歳でその格闘家人生を終え、いまはトレーニングプログラム「FIGHTNESS」を提唱して日々躍動中。そんな中、なんと42歳にしてプロレスにチャレンジするという彼に話を伺った。

4,163 view

柔道も格闘技もプロレスも、全部勢い! 踏みだしてから考えた(笑

(ミド編)決して平坦ではないキャリアです、なぜ次に挑戦する意欲が尽きないのでしょう

「今回は特に”俺の人生だから俺の好きにやろう”と。
シンプルに子供のころから大好きだったプロレスのリングに立てるんだ!って。

現役の時は常に周りを意識していました。メディアやファンはどう感じるだろうか?って。
でも、結局そこはコントロール出来ない。自分にとってベストでも、評価は周りがするもの。

自分でコントロール出来ないことを意識しても、前に進めなくなるだけ。
だから”自分の人生だから自分のやりたいことをやる”とシンプルになりました。」
「俺の人生だから俺の好きにやろう」

「俺の人生だから俺の好きにやろう」

「自分でコントロールできないことを意識しても、前に進めなくなるだけ。」と格闘家人生を振り返る。
ちなみに、現役格闘家時代の大山峻護は33戦で14勝19敗。
メディアの祝福と洗礼を共に浴びている。

PRIDEでヴァンダレイ・シウバ相手に華々しくデビューしたときは、大山氏曰く

「俺のことをこんなにたくさんの人が愛してくれている(笑!」と。

ところがグレイシー一族との対戦では評価が一変、今度は誹謗中傷の渦中に。

「人っていうのは、すごく暖かい部分と残酷な部分。
愛情深い部分とクールな部分があるんだなと知りました(笑。」

凄まじく落ち込んでからは、確実にタフになったと述懐する大山氏。
「だからこそ、いまは地に足付けていられるんです。」と。

常に自分より前、上に憧れの存在がいた

「子供の頃はウルトラマン、プロレスラーに憧れて。
柔道を始めてからは古賀稔彦、格闘家になると桜庭和志。

憧れの存在がいたから、自分の浮き沈みに一喜一憂するより
追いかけたい気持ちが常に上回っていました。」

現役時代は自分がどのくらいのポジションで、どのくらい応援されているのかが分からないもの。
そんな中でも、常に会場を沸かせた上で勝利を掴む桜庭和志の存在は、大山氏にとって憧れ、永遠の目標だったのだそう。

格闘家を引退した後も挑戦、自分で志した事業「FIGHTNESS」

現役を辞めて何をしようか考えたとき、社会において「鬱」が大きな問題になっていることに着目。

体と心が連動していることを体感してきた立場から、体験型の研修を企業に提案していこうと考案したのが「FIGHTNESS」。

自分で考え自分で営業、これまでアスリートが取り組んできたことが世の中にプラスに貢献するのではないか。アスリートのセカンドキャリアの道標になれたらと。

スポットライトの当たる舞台から降りて、自ら稼ぐ現場に

(ミド編)スポットライトの下で闘い続けた格闘家から一転、セカンドキャリアの道を切り拓いています

「引退直後は、わりとギリギリなところにいたんです。
それなりの人脈もあったし、誰か声かけてくれるだろうとおもいきや・・・
引退した時に、誰も浮き輪を投げてくれなかった(笑。
でも、だからこそ自分で泳がなきゃ!と思って今があるんです。」
「ただ目標が変わるだけ、ただ闘うフィールドが変わるだけ」

「ただ目標が変わるだけ、ただ闘うフィールドが変わるだけ」

アスリートは現役引退後、自分が必要とされていないんじゃないかという疎外感と向き合うことが試練だと語る大山氏。

【閑話休題】40代におススメな、日々の簡単ストレッチ!

(ミド編)私たち40代におススメの日々のストレッチを教えてください!

スクワットです!

「足をちょっと広めにスタンスをとって四股を踏むように。深めにスクワットをゆっくり10回とかですね。
人間の筋肉の2/3が下半身なので、やはり足腰を鍛えるのが大事だと思います。」

(ミド編)腕立てや腹筋よりもスクワットですか?

「うん、ゆっくり深めにスクワットが一番のおススメです!」

「FIGHTNESS」事業についても熱い大山氏

自ら情熱的に営業に飛び回る「FIGHTNESS」。

あるとき、交通機関の影響で遅刻してしまい「もうやらなくていい!」といわれたときのエピソードが大山氏らしい。

「とにかく誠意をもって謝る、謝り続ける。伝わるまで。」

大舞台のど真ん中で脚光を浴びていた格闘家の根底には、フィールドは違っても闘い続ける精神が流れている。

「逃げずに向き合う」

シンプルかもしれないが、今の若い人たちにも感じてもらいたいといったら偏見だろうか。

「”どうして出来ないんだろう?”から逃げていくんじゃなくて、”どうしたら出来るんだろう?”で向き合っていく修練だと思うんです。」

体と心は連動している

「体と心は連動している」の一例としてスマホを見るときの...

「体と心は連動している」の一例としてスマホを見るときの姿勢をあげた

落ち込んだ時の姿勢にネガティブな思考が入れば、なかなか抜け出せないと語る大山氏。
51 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

歌舞伎町のど真ん中に昭和レトロな居酒屋、仕切るのはインディーレスラー「KUDO」!

歌舞伎町のど真ん中に昭和レトロな居酒屋、仕切るのはインディーレスラー「KUDO」!

東京・新宿歌舞伎町のど真ん中に昭和レトロ風居酒屋「エビスコ酒場」あり。プロレスファンならお馴染みのこの居酒屋を仕切るのは、DDTプロレスリングのトップレスラーKUDO選手。プロレスキャリア16年、今なおレスラーとして第一線で活躍を続ける一方、この土地で8年間飲食業を営むKUDO選手が淡々と語る、インディーレスラーとしての覚悟、そしてプロレス愛。
ヒクソン・グレイシー   まるでみえない力を持った神様

ヒクソン・グレイシー まるでみえない力を持った神様

そんなに大きくない体。 あまり太くない筋肉。 哲学者的風貌。 そしてシンプルすぎる戦い方。 これで世界最強の男なんてありえない。 でも (カビラジェイ風に)あるんです。
RAOH | 13,676 view
孤高の求道者は今なおボクシングの夢を追う、西島洋介山!

孤高の求道者は今なおボクシングの夢を追う、西島洋介山!

日本クルーザー級のパイオニアとしてその名を轟かせた西島洋介山を知らない人はいないだろう。手裏剣パンチを武器に闘った地下足袋ファイターは、そのボクサー人生の多くをアメリカで過ごした。またボクサーとして現役を退いた後には、日本国内で総合格闘技やキックボクシングにも出陣することに。様々なバックボーンを持ったファイター達とリング上で相見えてきた西島洋介山、孤高のボクサーはその拳にどんな想いを乗せて闘っていたのだろうか。
3月20日、DDTプロレスリング旗揚げ20周年記念大会! 屋台村から始まった高木三四郎のプロレス挑戦、辿り着いたのはさいたまスーパーアリーナ!

3月20日、DDTプロレスリング旗揚げ20周年記念大会! 屋台村から始まった高木三四郎のプロレス挑戦、辿り着いたのはさいたまスーパーアリーナ!

DDTプロレスリング社長兼レスラー、高木三四郎。現在のプロレス界において屈指の経営者、アイデアマンと呼ばれる彼が3月20日、さいたまスーパーアリーナにおいてDDTプロレスリング旗揚げ20周年記念大会を開催する。1990年代、新日、全日、UWF、FMWといった系譜とは異なる「屋台村プロレス」を発祥とする高木三四郎社長率いるDDTプロレスリングの強み、そして観客を魅了する仕掛け。プロレス界の異端児とも称される高木三四郎社長にお話を伺った。
黒澤浩樹  圧倒的な空手家  驚異の下段回し蹴り 格闘マシン  ニホンオオカミ 反骨の戦士

黒澤浩樹 圧倒的な空手家 驚異の下段回し蹴り 格闘マシン ニホンオオカミ 反骨の戦士

他の一切を拒否し「最強」を目指すことのみに生きた男。 敵の脚と心をへし折る下段回し蹴り(ローキック)。 ルール化された極真空手の試合においても、ポイント稼ぎや体重判定、試割判定で無視し、倒すこと、大きなダメージを与えることを目指す姿は、まさに孤高のニホンオオカミ。 また指が脱臼し,皮だけでぶら下がっている状態になったり、膝の靱帯が断裂しグラグラになっても、絶対に自ら戦いをやめない格闘マシン。 総合格闘技やキックボクシング(K-1)への挑戦し戦い続けた反骨の戦士。 黒澤浩紀は、最期まで退くことを知らず死んでいった。
RAOH | 6,093 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト