まさに怪物ばりの圧倒的強さで君臨
【三沢光晴】これぞプロレス!全日本プロレスのトップからプロレスリング・ノアを立ち上げたエルボーの貴公子、最強プロレスラー三沢光晴。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
1990年代にスタンハンセンやジャンボ鶴田と数々の激闘を繰り広げ、全日本プロレス四天王に君臨した三沢光晴。数々の難敵を撃破した魂のエルボー、ヘビー級離れした華麗な跳躍力、どんな技も真正面から受け立ち上がる不屈のスピリット。黙して語らない男の美学に私たちは酔いしれました。後にプロレスリング・ノアを設立してプロレス界の頂点に君臨した三沢。2009年に急逝したものの、彼の栄光が色褪せることはありません。
天龍が新天地を求めて全日を離脱した後、ライバルとして名乗りをあげたのは弟子の三沢光晴であった。1990年6月、三沢はシングルマッチで鶴田越えを果たすが、この試合は「丸め込み」合戦を制してのもので、真に鶴田越えを果たしたとは言い難いものだった。以後も三沢ら超世代軍の前に圧倒的な壁として君臨。
1991年1月19日、三冠ヘビー級王者に返り咲く。この年は三沢、川田、スティーブ・ウィリアムスが鶴田の三冠王座に挑戦するが、全て完勝といっていい内容で退けている。
1991年1月19日、三冠ヘビー級王者に返り咲く。この年は三沢、川田、スティーブ・ウィリアムスが鶴田の三冠王座に挑戦するが、全て完勝といっていい内容で退けている。
「超人」ハルク・ホーガンとの対戦を望んでいたジャンボ鶴田
この年の鶴田は全日本プロレス中継内の三沢との三冠戦後のインタビューで「一回でいいから、世界最強といわれるハルク・ホーガンと、負けてもいいから思いっきり闘いたい」と発言したことがある。当時ホーガンが所属するWWF(現WWE)と全日本とは全く団体間の交流はなく、しかも、全日は選手のスタンド・プレーに厳しかった。
1990年、東京ドームで行われた日米レスリングサミット!新日本プロレス、全日本プロレス、WWF(現:WWE)の合同興行に当代きっての人気レスラーが大集結!! - Middle Edge(ミドルエッジ)
日本におけるプロレス団体が新日本プロレス、全日本プロレスの2強だった1990年。海の向こうの超人気プロレス団体WWFと3団体が合同で開催した日米レスリングサミットを憶えていますか?東京ドームで開催されたこの大会に筆者は足を運び、当代きっての人気レスラーが集った大会に大興奮したことを憶えています。そんな後にも先にもこのときだけだったレスリングサミットに登場したレスラーたちを振り返っていきましょう。※試合内容そのものには触れていません
ナチュラルに強いジャンボ鶴田
ジャンボ鶴田の必殺技乱れ打ち! - YouTube
via www.youtube.com
主な得意技
※以後、wikipediaの解説が詳しいため引用
バックドロップ
この技自体は若手時代から使用していた技なのだが、当時は相手の股へ手を差し込んだ抱え式のバックドロップであった(馬場やドリーのバックドロップと同じ形)。しかし1982年の夏頃から反り投げ式のバックドロップ(現在でいう投げっぱなしジャーマンのようなスタイル)をフィニッシュに使用しはじめ、そして同年秋にバックドロップの祖であるルー・テーズから「ヘソで小さく弧を描くように投げろ」とアドバイスを受け、自分の頭を相手の脇下にいれ、相手の胴を両手でクラッチしてブリッジを効かせて投げるルー・テーズ型バックドロップに磨きをかけるようになる。1983年4月にルー・テーズ杯のためにテーズが再度全日を訪れた際には本格的なマンツーマン特訓も受け、以後はジャーマン・スープレックスに代わる鶴田の絶対的な切り札となる。
最初はつま先をマットにつけたまま素早く低く叩きつける低空高速型(渕正信や蝶野正洋が使用しているタイプ)だったが、観客の見栄えを意識してか徐々につま先を流しながら高く持ち上げ落下させるスタイルに変化させていく。つま先をつけたまま低い体勢で素早く叩きつけるスタイルの低空高速型バックドロップは後のバックドロップ・ホールドへと昇華されていく。ニック・ボックウィンクルとのAWA世界ヘビー級戦でバックドロップ・ホールドでフォールしてベルトを奪取して以降、鶴田の代名詞と呼ばれるようになり、また、AWA世界王座奪取の決め手のなったことから「世界を獲ったバックドロップ」とも言われていた。身長2m、体重190kgの超肥満体型選手だったワンマン・ギャングも綺麗に投げてみせた事もある。
相手の受身の力量によって落とす角度を変えており、三沢光晴や川田利明に対しては、とんでもない角度で落としていた。別名「岩石落とし」。
最初はつま先をマットにつけたまま素早く低く叩きつける低空高速型(渕正信や蝶野正洋が使用しているタイプ)だったが、観客の見栄えを意識してか徐々につま先を流しながら高く持ち上げ落下させるスタイルに変化させていく。つま先をつけたまま低い体勢で素早く叩きつけるスタイルの低空高速型バックドロップは後のバックドロップ・ホールドへと昇華されていく。ニック・ボックウィンクルとのAWA世界ヘビー級戦でバックドロップ・ホールドでフォールしてベルトを奪取して以降、鶴田の代名詞と呼ばれるようになり、また、AWA世界王座奪取の決め手のなったことから「世界を獲ったバックドロップ」とも言われていた。身長2m、体重190kgの超肥満体型選手だったワンマン・ギャングも綺麗に投げてみせた事もある。
相手の受身の力量によって落とす角度を変えており、三沢光晴や川田利明に対しては、とんでもない角度で落としていた。別名「岩石落とし」。
ジャンピング・ニー・バット
普段は相手の顔の横を狙って放つが、怒った場合は真正面に向かって放つことがある。一時期は「鶴田が相手をロープに振ったら90%この技」といわれた。決まった後は右手を高々と掲げ「オー!」と叫んでアピールする事がほとんど。現在では秋山準が鶴田から直接教わったことを明言して使用し、女子でも西田夏(NEO)が習得し、仲村由佳(NEO)・里歩(我闘雲舞)へと伝承されている。バスケの経験から得た跳躍力を活かしている。
若手時代は「相手に考慮し」当たる瞬間体を横に向け太もものあたりを当てるようにしていたが、天龍との抗争からそのまま真っ直ぐ飛んで鋭角的な膝を顔面に叩き込むようになった。重要な一戦ではコーナーポスト最上段から放つダイビング式(ダイビング・ニー・アタックと呼ばれた)、ランニング式も使用し、スタン・ハンセンを失神させた事もある。
若手時代は「相手に考慮し」当たる瞬間体を横に向け太もものあたりを当てるようにしていたが、天龍との抗争からそのまま真っ直ぐ飛んで鋭角的な膝を顔面に叩き込むようになった。重要な一戦ではコーナーポスト最上段から放つダイビング式(ダイビング・ニー・アタックと呼ばれた)、ランニング式も使用し、スタン・ハンセンを失神させた事もある。
ダブルチョップ
ダブルハンマーとも。頭上から両手を揃えて相手の背中へ張り手の様に放つチョップ。超世代軍相手に放つことが多く、その威力と大きな音で場内がどよめくことも多かった。技自体は単純だが、相手に格の違いを見せ付ける色合いが強い打撃技である。
闘魂 2021/6/28 22:15
全日はケツ決めなしとか、昭和の中学生のようなコメントを発見して久々笑った。まだ、こんな人が世の中にいるとは。逆にこういう人って、プロレスを楽しめないんじゃないのかな。
白井黒子 2021/2/4 12:36
個人的には、チャイニーズカンフーの音楽で、試練の10番勝負、キムイル、キムドク組とのインタータッグ戦、ビルロビンソン、マードック戦の頃の方が印象強い。
日本人同士は、途中でつまらなくなり、プロレスは、80年代の終わりに全く見なくなった。
田んぼ鶴田 2020/11/16 00:32
デマを流すのはやめてほしい。全日も新日もやってることは一緒でしょ。
全日だけがケツ決めなしとかありえないし、維新軍が全日きたときにマズいところに来た思ったとか、デマもはなはだしい。そんなに全日が強かったらなぜ長州力は全日参戦中一度もフォール負けはなしだったんでしょう。鶴田も結果的に勝てなかったわけだし。タッグ王座もシングル王座もジャパン軍が総なめ。全日が本当にケツ決めなしでやってたとしても、ケツ決めありしかやってなかった人たちにそんなに負けまくったなら、逆に恥ずかしい話でしょ。
浅井ラム 2020/10/20 04:34
新日本はFACEだったし試合もそれとわかる試合ばかりだったから全日本を観てた。
テリーファンクは馬場さんが亡くなった時、全日本は世界で唯一残る伝統と言っていた。ターザン山本が記事と引き換えにブックを持ち込んでるが、それまではスーパーヘビーにジュニアが混ざる6人タッグとか、ジョバーが負けを善しとする感じはあったけど、メイン選手にはケツ決めなんて無かった筈。だからジャパン軍団は参戦初日の後に控え室で「マズいところに来ちゃったね」ってお通夜みたいになったらしい。
ミスター高橋の新日本はこうだから全てこう、の論法はおかしい。
浅井ラム 2020/10/20 04:33
新日本はFACEだったし試合もそれとわかる試合ばかりだったから全日本を観てた。
テリーファンクは馬場さんが亡くなった時、全日本は世界で唯一残る伝統と言っていた。ターザン山本が記事と引き換えにブックを持ち込んでるが、それまではスーパーヘビーにジュニアが混ざる6人タッグとか、ジョバーが負けを善しとする感じはあったけど、メイン選手にはケツ決めなんて無かった筈。だからジャパン軍団は参戦初日の後に控え室で「マズいところに来ちゃったね」ってお通夜みたいになったらしい。
ミスター高橋の新日本はこうだから全てこう、の論法はおかしい。