クライフに見出されたアイスマン・ベルカンプ!トラップで既にゴールは決まっていた!
2017年2月26日 更新

クライフに見出されたアイスマン・ベルカンプ!トラップで既にゴールは決まっていた!

冷静沈着かつ正確無比なプレースタイルで印象的なゴールを数多く決めたデニス・ベルカンプ。その落ち着きぶりから「アイスマン」と呼ばれた。1998年フランスワールドカップの準々決勝のアルゼンチン戦で挙げたゴールなどを特集する。

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冷静沈着かつ正確無比なプレースタイルで、印象的なゴールを数多く決めたデニス・ベルカンプ。その落ち着きぶりから「アイスマン」と呼ばれた。

ボールの勢いを吸収し、まさに吸いつくようなトラップから決めたゴールの数々は、今も色褪せる事はない。
ベルカンプがオランダ代表として出場したワールドカップ、イングランド・プレミアリーグの強豪アーセナルでみせた、20世紀最高峰のプレイをまとめた。
デニス・ベルカンプ

デニス・ベルカンプ

ベルカンプの”トラップ力”が発揮された2大ゴール!!

1998年フランスワールドカップ、準々決勝のアルゼンチン戦。
スコア1-1で試合が終盤を迎えた後半44分。

ペナルティエリアの右側へと走り込んだベルカンプへロングボールが出される。
高い軌道を描いたボールを右足で受けると、すぐさま並走してきたDFの逆側へとボールを流し、キーパーの位置を見ながら冷静にゴールを決めた。

この大会のベストゴールのひとつである。

準々決勝・アルゼンチン戦でのゴール

2002年、ニューカッスルとの一戦で、ゴール前でDFを背負ったベルカンプは、味方からのパスを反転しながらトラップ。身体の進行方向とは逆へとボールを転がしDFをかわした。
さらに、反転後に再度ボールをキープし、ゴール右隅へとシュートし、ゴールを決めた。

このゴールは瞬時のアイデアとそれを可能にした技術が、鮮やかなプレイとなって表現された。華麗なプレイの多いベルカンプにおいても非常に強いインパクトを残したゴールだった。

FAがプレミアリーグ発足10年を記念して企画したベストゴール特集で1位を獲得したことがある。

ニューカッスル戦でのゴール

何度見ても飽きないベルカンプのプレイ動画集

サッカー界のトラップ王【ベルカンプの神業集】トラップ、シュート、パス、特にトラップは伝説に残る!この人ほど繊細なトラップできる人はジダン位★

デニス・ベルカンプ トップ10ゴール

オランダ代表ベルカンプW杯全ゴール集

サッカー SERIEA デニス・ベルカンプ

オランダ代表として2大会のワールドカップに出場!

1994年のワールドカップアメリカ大会、1998年のフランス大会に出場。計12試合に出場し、6得点を記録した。

前述の1998年大会の準々決勝アルゼンチン戦でみせた鮮やかなトラップからのゴールは、当時オランダの新聞によって、「まるでレンブラントの筆さばきのようだ」と同国の歴史的画家のタッチに例えて賞賛された。

1994年大会ではベスト8、1998年大会でのベスト4とオランダ代表の躍進に大きく貢献した。
オランダ代表のオレンジがまた似合う!

オランダ代表のオレンジがまた似合う!

クライフに見い出された才能がアーセナルで開花!!

12歳からオランダの名門アヤックスのユースに在籍。ヨハン・クライフに才能を見出され、17歳でトップチームデビューを果たした。

アヤックスでは1990年から3年連続で得点王を獲得。チームもリーグ優勝、UEFAカップ優勝など輝かしい成績を収めた。239試合で122ゴールを挙げた。

その後セリエAのインテルに移籍。しかし、期待通りの活躍を出来ずに「史上最高額のガラクタ」と批判された。

しかし、1996年にプレミアリーグのアーセナルに移籍すると息を吹き返した。
チームの中心選手として、名古屋グランパスでも指揮を執ったアーセン・ベンゲルの下、数多くのタイトル獲得に貢献した。
2003-2004シーズンには無敗でプレミアリーグを制するなど、チームの黄金期を共に過ごした。

同時期にフランス代表のエースだったティエリ・アンリも在籍しており、両エースによる攻撃力は相手チームにとって非常に脅威であった。また、アンリは憧れの選手にベルカンプを挙げている。

2005-2006シーズン終了後に、約10年間在籍したアーセナルで現役生活を終えた。
アーセナルで一時代を築いた

アーセナルで一時代を築いた

出典 ameblo.jp

飛行機嫌いで有名!

極度の飛行機恐怖症という弱点を持つことでも有名である。
このためヨハン・クライフのニックネーム「Flying Dutchman(空飛ぶオランダ人)」をもじって「Non-flying Dutchman(飛ばないオランダ人)」と呼ばれた。

飛行機恐怖症の理由として、「乗っていた飛行機が爆破予告の対象になり、それがトラウマになっている」、「機中で同行記者に不安を煽ることを言われた」、「自分が乗る予定だった飛行機に乗った友人が航空事故で亡くなった」等の諸説がある。

このため、遠隔地への遠征にも陸路でしか参加できなかったことがチームの監督を悩ませていた。

EURO2000後の代表引退の一因はこの飛行機恐怖症であるとも言われている。
ベルカンプを欠いたオランダ代表は2002年ワールドカップ欧州予選で敗退した。
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