『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975年) 集団変身ヒーロー・仮面ライダーの影響、カラーテレビの時代を反映させ色で個性を強調。
「五人のヒーロー集団」 5人の専門家・仮面ライダーという企画・集団変身ヒーローにチャンスがあると予測した
『スパイ大作戦』(日本では、1967年4月8日からフジテレビ系列で放送)を参考にした複数の専門家が集まったヒーローチーム」という「五人ライダー」の企画案を検討
『仮面ライダー』(1971年4月3日から1973年2月10日)をベースに「五人ライダー」の企画案を検討
テレビアニメでは1972年の『科学忍者隊ガッチャマン』にて集団変身ヒーローの成功事例があった。実写版の集団変身ヒーローの成功確率も高いかもしれない。
テレビアニメ版は1972年10月1日から1974年9月29日までフジテレビ系で毎週日曜日18時00分から18時30分に全105話が放送された。
2年間の平均視聴率は約21%(タツノコプロの保存資料によると平均視聴率17.9%、最高視聴率26.5%)。
本作品の成功により、『新造人間キャシャーン』『破裏拳ポリマー』『宇宙の騎士テッカマン』といったヒーローものが続き、タツノコプロの一つの路線を構築した代表作である。人気や知名度の高さからその後、映画版や続編、OVAも制作された。
カラーテレビの時代を反映させ、『仮面の忍者 赤影』(関西テレビ放送)と同様、「色」で個性を強調するのが得策と考えられた。
五人のヒーローを五色でシンプルに表現するアイデアに行き着く「5レンジャー=ゴレンジャー」 楽しくコミカルに。
五人のヒーローを五色でシンプルに表現するアイデアに行き着く「5レンジャー=ゴレンジャー」
しかしこの「ファイブレンジャー」は「理屈っぽい」として渡邊が却下。次に出た「ガッツレンジャー」も却下され、最終的に「5人レンジャー」の「人」を取って、「5レンジャー」の名前が考案され、これにOKを出した渡邊によって、片仮名の「ゴレンジャー」が決定名となった。
平山亨「小牧リサの太ももから「モモレンジャー」を発想した」と証言している。
小牧リサの美しい「太もも」から「ももレンジャー」。
ももはももでも太もも。桃ではなかった。
「五人揃ってゴレンジャー」 「作劇や敵怪人をコミカルに描く」というコンセプトも導入される。
ゴレンジャーの面々
新命明 / アオレンジャー(声):宮内洋
大岩大太 / キレンジャー(声):畠山麦 (1 - 54, 67 - 84)
ペギー松山 / モモレンジャー(声):小牧りさ
明日香健二 / ミドレンジャー(声):伊藤幸雄
(この画像にはない)
熊野大五郎 / キレンジャー(声):だるま二郎 (55 - 67)
『バトルフィーバーJ』(1979年) ディスコブームの影響を受ける。
映画『サタデー・ナイト・フィーバー』(日本での公開は1978年7月15日) ディスコブームが起こる。
この映画の「トラボルタ」の風貌や決めポーズ、映画に使われたディスコ・ミュージックが世界的に人気になり、ディスコ文化を取り巻くファッションやサブカルチャーといった世界の若者文化に大きな影響を与えた。映画のサウンドトラック「サタデー・ナイト・フィーバー」は驚異的な売上を記録し、なかでも作中でBillboard Hot 100 1位6曲を含む7曲を提供したビージーズはその人気を不動のものにした。
日本ではこの映画の影響でディスコ・ダンスで踊り、熱狂することを指す「フィーバーする」という言葉(和製英語)が生まれた。転じてパチンコでの大当たりのシステムでも「フィーバー」という言葉が使われるようになった。