さすらいのヒップアタック!サムライ越中詩郎はどこへ行く
2016年11月25日 更新

さすらいのヒップアタック!サムライ越中詩郎はどこへ行く

全日本プロレスを皮切りに新日本プロレス、WJプロレスと渡り歩き、現在もフリーで各団体に参戦している越中詩郎。彼の闘いの歴史をまとめてみました。

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ドラゴン・ボンバーズは、1990年に藤波辰爾を中心に結成されたプロレスのユニットである。同年9月25日に発足記者会見を行い、事務所は藤波の個人事務所に置かれていた。
藤波がかねてから提唱していた、「相撲部屋」にならった形のいわば「団体内団体」の構想を、ようやく実現させたものである(ただし、具現化についてはSWSの「部屋別対戦制度」に先を越された)。
発足した当初は、新日本プロレス内部における独立性の強いユニットとして機能していくことが想定された。また、新日本プロレスと全日本プロレスの交流戦が実施されて間もない頃であり、将来的には独立興行を行い、積極的な他団体交流を行っていくのではないかという期待がもたれていた。
しかし、結局はパイオニア戦志と交流戦をしたくらいで長続きせず、越中が反選手会同盟を作った頃には「無かったこと」にされていた。
越中詩郎の黒歴史と言ってもいいでしょう、『ドラゴン・ボンバーズ』。メンバーは藤波辰巳を大将として、越中詩郎、獣神サンダー・ライガー、ブラック・キャット、飯塚孝之、南海龍太郎、高見州でした。ブラック・キャット、飯塚孝之は新日道場のコーチ役だったこともあり実力派ではあったんでしょうが、いかんせん地味すぎますよね。そして相撲界の問題児だった南海龍は、プロレス界でも酒で問題を起こして西サモアに帰国。高見州にいたっては練習生のまま終わって、UFCでジェラルド・ゴルドーにTKO負けして、そのあと俳優になったらしいです。

藤波辰巳/前田日明/木村健吾 VS 長州力/アニマル浜口/谷津嘉章 83年11月蔵前 - YouTube

ヘビー級になって油が乗り切っているはず?の藤波辰巳の闘い。
1992年、小林邦昭、越中詩郎が当時の抗争相手であった青柳政司率いる誠心会館の自主興業に、新日本プロレス選手会の許可を得ずに参戦した事が原因で選手会と対立。越中は選手会を脱退しこれに同調した木村健悟さらに誠心会館の青柳、齋藤彰俊と共に反選手会同盟を結成、本隊と抗争を開始する。なお、この時の選手会長は蝶野正洋であり、越中と蝶野が犬猿の仲にあるのはこの事件が引きがねである。1993年には後藤達俊、小原道由が加入し、平成維震軍と改名する。
平成維震軍時代の越中詩郎

平成維震軍時代の越中詩郎

そのあと越中詩郎が中心として結成されたのが反選手会同盟、後の平成維新軍です。平成維新軍のメンバーは越中詩郎を中心として、木村健悟、小林邦昭、青柳政司、斎藤彰俊、後藤達俊、小原道由、野上彰というもうどうしようもなく脇役の集まりでした。木村健悟は藤波の、小林邦昭は初代タイガー・マスクの、青柳政司、斎藤彰俊は大仁田厚のそれぞれかませ犬でしたし、後藤達俊、小原道由は『犬軍団』と犬そのものでした。野上彰は今や浅井企画所属の俳優になっているそうです。残念ですがこの流れを見る限り、越中詩郎の一番光っていたのはやはり高田延彦との『ジュニア版名勝負数え唄』時代だということですね。

1992年 特番 新日プロ 20周年 下剋上 誠心会抗争 Vol6 - YouTube

反選手会同盟結成の発端となる誠心会館との抗争。

平成維震軍解散

1999年2月22日、平成維震軍を解散し新日本本隊に復帰[1]。その後佐々木健介と組みIWGPタッグ王座に返り咲いた。また2000年には全日本プロレスに参戦し、三冠王者決定トーナメントに出場している。
平成維震軍以降は、正直ただの中堅レスラーになってしまった感じがします。結局キャラは立っているんですが、光らせてくれる人がいない。本隊復帰後IWGPタッグ王者になっていますが、パートナーが佐々木健介というこれまた光らないレスラー。この頃は完全に目標を失くしていたんじゃないかと思います。そしてプロレス界全体も団体乱立の激動の時代に入ってきた頃ですね。

LEGEND BOUT OF MAD DOGS 3/3 - YouTube

越中、佐々木コンビで犬軍団(後藤達俊、小原道由)と対戦。佐々木健介のひとりイキったファイトで越中と噛み合わず、後藤の殺人バックドロップで敗れる。
1999/6/27/グランシップ静岡

新日本プロレス退団以降

WJプロレス入団、そしてフリーとなり現在へ。

新日本プロレスを契約満了により退団し、WJプロレスに入団。当初は盟主である長州力の片腕的存在だったが、金銭面で揉め、大森隆男らと共にレイバーユニオンを結成。同年10月31日付でフリーランスとなった。
新日本プロレスを退社した後WJプロレスに行くんですがすぐに退団、その後フリーとなっています。WJプロレスは長州力が永島勝司が作った団体ですが、結局長州力は独立するのが遅すぎたんですよね。維新軍団結成の時に団体を作ってないといけなかったんですよ。他団体に参戦するという形を取った事が当時は良かったんでしょうが、結果的に下請けみたいになっちゃいましたね。そう考えたら旧UWFのメンバー(前田、高田、舟木)は曲がりなりにも自分達で団体を作って興業を打ってたんで素晴らしいですね。

ハッスル 越中詩郎 - YouTube

2008年〜2009年 越中さん、ここ最近の「やってやるって!」
そして越中詩郎ですが、今も現役レスラーとして各団体に参戦しています。コンディションも上々のようですね。これからも元気で長く現役を続けて欲しいものです。
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