“1号車”高木豊は、「(加藤に)すごく助けられましたよ。盗塁するにしても、すごくフォローしてもらいましたし。足にもスランプはあって、どうしても調子が悪くて盗塁できないときには、『僕が走ったときに(ヒットエンドランで)打ってください』と頼んだり。『加藤さんが打ったから盗塁できなかった』というアピールで(笑)」。
“3号車”屋鋪要に対しては、「打席で粘ってくれたよね。屋鋪が打席に入ると、初球から行けるような態勢を作ってくれた」と語る。その屋鋪も、のちに振り返っている。「加藤さんは、いろんな技術を持ってましたよ。打席でバントの構えをして、捕手と同じ目線で球を見て、すっとバットを引いてパスボールさせたり。これぞプロの技だな、と思いましたね」
加藤博一の現役時代
【加藤博一 横浜大洋】西鉄時代は6年間で0安打、、阪神移籍後11年目に.314と活躍もオフの落とし穴?で失速。大洋移籍後の16年目85年高木豊、屋鋪要とのスーパーカートリオの一角で2番を打ち開花!
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"3号車" 屋鋪要の主な打撃成績
屋鋪要の主な打撃成績は次の通りです。
打率 .304(リーグ11位)
三塁打 5(リーグ1位)
打点 78(リーグ12位)
盗塁 58(リーグ2位)
屋敷は、3番打者を任された当初、自分には力不足だと思っていました。ところが、終わってみれば、打率は3割を超え、78打点に15本塁打と強打者として大活躍。おまけに(!?)、塁に出て58盗塁もされたのでは、相手チームは目も当てられません。前年11盗塁だったのが嘘のような活躍です。
1986〜1988年には、3年連続で盗塁王を獲得しています。
打率 .304(リーグ11位)
三塁打 5(リーグ1位)
打点 78(リーグ12位)
盗塁 58(リーグ2位)
屋敷は、3番打者を任された当初、自分には力不足だと思っていました。ところが、終わってみれば、打率は3割を超え、78打点に15本塁打と強打者として大活躍。おまけに(!?)、塁に出て58盗塁もされたのでは、相手チームは目も当てられません。前年11盗塁だったのが嘘のような活躍です。
1986〜1988年には、3年連続で盗塁王を獲得しています。
「高木さんが一番で、加藤さんが二番。これは分かる。でも、僕の三番というのがね……。高木さんと加藤さんは出塁率が高くて、僕の打順のときには得点圏にいる。そこで僕が還さなきゃいけないという使命感があって、それが最初は、ものすごくプレッシャーになりましたよ」
ファンの不安も、自身のプレッシャーも、「最初」だけだった。その前を打った“2号車”加藤は「近藤(貞雄)監督の、選手の能力を見抜く目が素晴らしかったんだよ。出塁率の豊、勝負強さの屋鋪。三番に起用してもらって、屋鋪は大きく野球をとらえられるようになり、とてもプラスになったと思う」と振り返る。
屋鋪要のヒットと盗塁
1985.8.30 阪神vs大洋19回戦 3/9
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