この「五打席連続敬遠」はただ1試合の野球の試合の結果という事に留まらず、当事者だった選手・監督のその後の人生に大きく影響を与えた出来事だったのです。
○ 運命のドラフト会議
松井選手は当然1992年に行われたドラフト会議の目玉選手として注目されていきます。松井選手は大の阪神ファンであったという事は当時から報道されていたのですが、こればかりは抽選に任せるよりほかはありません。
長嶋茂雄 松井秀喜 運命の一日 ドラフト会議
via youtu.be
阪神に加え、巨人、中日、ダイエー4球団が松井選手を1位指名。
3番目にクジを引いたのが、阪神の中村勝広監督。
4番目にくじを引いた…と言うより残っていたくじを取ったのが長嶋茂雄監督。
結果的に交渉権を得たのが巨人だったという事から、2分の1で当たりくじを引けなかった中村監督に対して阪神ファンから批判が飛ぶと共に、自分でクジを引いたわけでは当たりを呼び込んだ長嶋監督の強運に巨人ファンからも驚きの声があがりました。
3番目にクジを引いたのが、阪神の中村勝広監督。
4番目にくじを引いた…と言うより残っていたくじを取ったのが長嶋茂雄監督。
結果的に交渉権を得たのが巨人だったという事から、2分の1で当たりくじを引けなかった中村監督に対して阪神ファンから批判が飛ぶと共に、自分でクジを引いたわけでは当たりを呼び込んだ長嶋監督の強運に巨人ファンからも驚きの声があがりました。
実は、抽選する順位は最後となる巨人は松井選手ではなく、別の選手を指名するという選択もあったのですが、当時の長嶋監督が獲得を熱望したため、方針を変更したともいわれています。
ともあれ、こういった経緯で巨人に入団した松井選手の活躍については皆さんもよくご存じかと思いますが、機会があれば、また改めて別の記事にしたいと思います。
最後にプロ入りした松井選手と、敬遠の四球を投げた明徳義塾の河野投手と再開を果たした動画をご紹介したいと思います。
ともあれ、こういった経緯で巨人に入団した松井選手の活躍については皆さんもよくご存じかと思いますが、機会があれば、また改めて別の記事にしたいと思います。
最後にプロ入りした松井選手と、敬遠の四球を投げた明徳義塾の河野投手と再開を果たした動画をご紹介したいと思います。
松井秀喜、5連続敬遠した投手と再会
via youtu.be
「あの敬遠のおかげで僕は有名になった」と語っているあたりに松井選手の人柄がにじみ出ていると言われています。