アラジンは『完全無欠のロックンローラー』一発屋だけど、グレート高原はヒットメーカーだった!
2019年12月2日 更新

アラジンは『完全無欠のロックンローラー』一発屋だけど、グレート高原はヒットメーカーだった!

2年の活動期間に1発の大ヒットを飛ばしたバンド・アラジン!『完全無欠のロックンローラー』と、タイトルも聞いて、♪完全~無欠のロック~んローラー~をつい、口ずさんでしまえます。 そのバンドアラジンですが、アラジンは一発屋だけづ、実はメインヴォーカルのグレート高原がすごいヒットメーカーだった!?どんな曲を生み出しているのかご紹介します!あの人繋がりだったという事実も。

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バンド・アラジンを振り返る

アラジンが注目され、デビューしたのは、ヤマハ音楽振興会の主催の通称ポプコン、第22回ポピュラーソングコンテストつま恋本選会(1981年10月4日) でグランプリ 受賞、そして同じくヤマハ音楽振興会主催の世界歌謡祭、第12回大会(1981年11月1日)でグランプリ受賞したことがキッカケでした。

メインヴォーカルのグレート高原こと、高原茂仁 さんの作詞・作曲ですが、本人はもともと、小椋佳さんなどフォーク志向でしたが、所属していた大学のフォークソング研究会で卒業間近に作ったのが「完全無欠のロックンローラー」で大注目されました。
余談ですが、ポプコンは1969年~1986年まで音楽コンテストで、ここからフォークやポップス、ロックなどのジャンルを問わずに様々なミュージシャンが出場し、新人ミュージシャンの登竜門コンテストとしても当時、注目されていました。

このコンテストからデビューしてブレイクした中には、中島みゆき(第10回グランプリ)、ツイスト(第14回グランプリ)、佐野元春(第15回優秀曲賞 )、長渕剛(第15回入賞)、チャゲ&飛鳥(第16回・第17回入賞)、そしてアラジン受賞の後には、あみん「待つわ」も第23回大会でグランプリ受賞しています。

アラジンのメンバー

アラジンは、名古屋商科大学フォークソング研究会のグレート高原さんを中心とするメンバーが主となり結成されています。そのメンバーはこちら!

グレート高原(ボーカル):富山県富山市出身
ラビット大森(ベース) :富山県富山市出身
スピード高橋(リードギター):岐阜県加茂郡川辺町出身
スリル田中(サイドギター):愛知県岩倉市出身
パワー勝野(ドラムス):岐阜県揖斐郡池田町出身
ハニー智子(ピアノ・ダンス):愛知県岡崎市出身
アイ寛美(コーラス):愛知県出身
サニー尚子(コーラス):愛知県名古屋市出身
アラリン(オルガン ):愛知県名古屋市出身

「完全無欠のロックンローラー」でヒットを出たにも関わらず、その後は、鳴かず飛ばず...活動期間1980年 - 1983年 と、2年ほどで解散してしまいます。

これも、9人という、大所帯の宿命でしょうか、一人なら地道な活動で芸能界で生きていけるかもしれませんが、ここまで大人数だとそれぞれの生活など優先するとなかなかアラジンとして活動していくのは難しかったかもしれませんね。

アラジンがデビューして、一発当てた時は、コミカルバンド?と多くの人が思ったかもしれませんね。ヴォーカルのグレート高原さんに関しても、かっこよくない、勢いで歌う感じ?でも、この大ヒットした「完全無欠のロックンローラー」は一度耳にすると、誰でも口ずさめてしまうフレーズと、曲調がありました。

バンド・アラジンのリリース曲

リリース日 タイトル 作詞 作曲 編曲
1981年11月 完全無欠のロックンローラー 高原茂仁 高原茂仁 アラジン
1982年3月 ロックンローラー大放送 アラジン アラジン アラジン
1982年9月 アラジンの「行きつけ...」ブギー 売野雅勇 高原兄 鷲巣詩郎
1983年1月 レディーエプロン 高原兄 高原兄 飛澤宏元
この様にアラジンは2年間の活動の中でシングル4枚リリースしています。そしてアルバムも1枚題してます。

ほぼ、グレート高原さんが作詞・作曲に携わってしますが、1980年代に爆発的ヒットメーカーになる売野雅勇さんも作詞している曲がありますね。
大ヒット曲としては、チェッカーズや中森明菜さんの曲も作詞しているとして有名です。

そして、バンド・アラジンとしては、ヴォーカルのグレート高原さんの音楽的才能に注目してみましょう。

アラジンのグレート高原・高原兄・高原 茂仁

本名:高原 茂仁(しげひと)
生年月日:1959年4月10日
出身地:富山県富山市
学歴:名古屋商科大学卒

職業:タレント、歌手、作曲家、会社社長





アラジン解散後、グレート高原→高原兄に改名

アラジンがバンドとして解散をした後、グレート高原さんは、ニッポン放送ラジオのパーソナリティに抜擢され、10か月ほど、務め、その後1984~1994年、名古屋テレビ『オジャマンないと!』でレギュラー出演をしています。

出身の富山弁が抜けないキャラが親しみやすいということで、ミュージシャンというより、タレントとしての活動をしていきます。

アラジン・グレート高原と島田紳助さんとの出会い

現在は芸能界を引退している芸人の島田紳助さんと親交があり、アラジン時代には、「俺たちひょうきん族」でも共演していて、それがキカッケで親交があり、アラジン解散後も島田紳助さんのTBSラジオの番組『スーパーギャング』で高原さんも1988年4月 - 1989年3月の間、レギュラー出演したり、その後も紳助さんとの仕事にも携ることがありました。

紳助さん曰く、「いい奴」!と一言で高原さんを表し、人の悪口を言ったのを聞いたことがないというほど、人の良さを表しています。

その後、この島田紳助さんとの出会いがある意味、高原さんの芸能界での大きな恩人の様な関係にもなっていきます。

高原 茂仁 は会社社長

アラジン解散後の最初の頃は来る仕事を選んでいた高原さんですが、1991年に娘さんが生まれます。やはりそこは家庭を守らなければいけないという事になったのでしょう、仕事を選ばずするようになると、いい感じで仕事が入って回るようになってきたとか。

そこで名古屋などでもタレント業を続けていました。その様な状況で芸能界を引退せずにやっていきます。

そして、一つの転機となったのが、2000年11月に地元富山で電気工事会社を営んでいた父親が亡くなってしまいます。

そして、父親の後を継ぐために高原さん自身も家族と一緒に富山に移り住み、今後は富山で活動していきます。これがなかなか評判で、テレビやラジオの仕事、イベントなどの仕事もこなしていくようになります。

一度、東京で一発当てて、その後、地方で大活躍する芸能人の方って、結構いるんですよね。高原さんも成功した方の一人です。

高原兄で作曲家として大ブレイク

1990年に島田紳助さんが結成した『島田紳助&バスガス爆発楽団』に高原兄も参加して活動していく、この中で音楽家としての才能も実は眠らせてはいなかった高原さんです。
島田紳助さんから作曲を依頼された曲が、人気番組にもあやかって大ヒットしていきます。フジテレビで大人気クイズバラエティ番組だった『クイズ!ヘキサゴンⅡ』の出演メンバーの中でユニットを組ませ、島田紳助さんプロデュースとして、高原さんが作曲した曲が大当たりします。

一般世間から忘れ去られていたアラジンのグレート高原さんの曲!?という事でも大いに話題になりました。当時は、VTRだったのか、中継だったのかさだかではありませんが、筆者もヘキサゴンの番組内で、高原さんが登場して久しぶりに目にしたのを覚えています。

特に人気でヒットしたユニット曲はこちらです!
25 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
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  • 勉強しましょ 2019/11/29 10:11

    完全無欠のロックンロー「ラー」ね。
    この記事書いた人、アラジンの世代じゃないよね。
    知ったかぶりで書くのはやめてもらいたい。
    何度も「完全無欠のロックンロール」ってさ。
    読んでて恥ずかしい。

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