90年代を代表するボーイズグループ「Take That」その軌跡を振り返る
2019年5月30日 更新

90年代を代表するボーイズグループ「Take That」その軌跡を振り返る

90年代はボーイズグループの全盛期。その先駆けとなったイギリスのグループ「Take That」の歴史をみてみよう!

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Take Thatってどんなグループ?

左から:ジェイソン、ゲイリー、ハワード、マーク、ロビー

左から:ジェイソン、ゲイリー、ハワード、マーク、ロビー

90年代を代表する、ボーイズグループであるTake Thatはイギリスのマンチェスター出身のいわゆるアイドルグループです。1990年に5人グループとしてデビューしました。イギリスのテレビ局BBCが「UK音楽史上、ビートルズ以来、最も成功したバンドで老若男女問わずに愛されている」と評しているほどのグループです。
ゲイリー・バーロウ・・・基本的にダンスは不得意で、メインヴォーカルが多い。ほとんどの作詞作曲を担当している。

マーク・オーウェン・・・ハスキーな歌声が特徴でリードヴォーカル多数。小柄で笑顔が多く可愛いと、女性ファンが多い。

ロビー・ウィリアムズ・・・最年少でやんちゃな問題児のイメージ。歌唱力は抜群。ソロ歌手としてヨーロッパでは絶大な人気を誇っている。

ハワード・ドナルド・・・ダンサーとして加入したが、歌唱力も定評がありリードヴォーカルも多数あり。

ジェイソン・オレンジ・・・ダンサーとして加入。歌唱力よりもダンスが売り。

グループ結成まで

まずは、どのようにしてグループ結成にいたったのかをご紹介。メンバーの中心となるシンガーソングライターのゲイリー・バーロウが15歳の時、イギリスのテレビ局、BBCで開催されたA Song For Christmasというコンテストに出場し、準決勝に進みます。これがきっかけで、Northern club circuitというところで、自身の歌やカバー・ソングを披露し始めます。

18歳になり、カーティス・ラッシュという名前でレコーディング活動をはじめていたころ、当時イギリスで有名なマネージャーであったマーティン・スミスと共にオーディションを開催。ここでマーク・オーエンとロビー・ウィリアムズの2人がオーディションに合格します。

その後、マネージャーであったマーティン・スミスがバックダンサーのオーディションも行い、RDS Royalというクラブでブレイク・ダンサー、そしてDJをしていたジェイソン・オレンジとストリートダンサーとしてテレビ番組にも出演していたハワード・ドナルドの2人がメンバー入りを果たします。

こうして、伝説的ボーイズグループ、Take Thatが結成されたんですね。

デビューはしたものの、なかなか売れない?

Do What U Like

Do What U Like

さて、ゲイリー・バーロウ、マーク・オーウェン、ロビー・ウィリアムズ、ジェイソン・オレンジ、ハワード・ドナルド、5人がそろったTake Thatは1990年に晴れてデビューします。

しかし、デビューはしたもののなかなか売れません。
最初の2年はイギリスのゲイ・クラブや高校で主にライブ活動をし、その後、1992年に念願のメジャー・レーベルと契約し、ファースト・シングル、「ドゥ・ホワット・ユー・ライク」(UKチャート82位)をリリースします。ところが、このプロモーション・ビデオで、メンバーが裸になり、ゼリーをお互いの体に塗りつける、という過激な内容であったことや、ゲイ・クラブでのライブの経歴などもマイナス要因となり、重要な10代の女性からの人気を得ることができません。
その後続けてリリースされた2枚のシングルも、UKチャートにやっとランクインする程度でした。

ヒット曲 It only Tekes A Minute で一気にスターダムへ!

It Only Takes A Munite

It Only Takes A Munite

デビューするもなかなか売れない時期が続きます。
しかし、1992年にリリースした「It Only Takes a Munite」がヒットし、UKチャート7位に入ると、一気に人気が加速します。次のバラードソング「Million Love Songs」「I Found Heaven」は共にトップ20にランクインし、この頃には、彼らの人気はイギリスのみならず、ヨーロッパへと広がりをみせます。そしてバリー・マニロウ、ドナ・サマーのヒット曲をカバーした「Could it be Magic」をリリースすると大ヒット!
続けて、ファーストアルバム『Take That & The Party』をリリースしたころには、Take Thatの人気はヨーロッパ、さらにアジア、世界へと広がっていました。

1993年には、 アルバム、『Everything Changes』をリリース。このアルバムからは、初のUKチャート1位を獲得した「Pray」がリリースされています。続いて「Relight My Fire」、「Babe」「Everything Changes」1位をマークしました。

続いて1995年に『Nobody Else』をリリースし、このアルバムからのシングル「Sure」はUKチャート1位をマーク、次のシングル「Back For Good」はアメリカで最高7位を記録し、Take Thatの人気は全盛期を迎えます。この頃、日本にもプロモーションやライブのため何度も来日しています。

メンバーの脱退と解散

Take Thatの人気が全盛期の1995年、なんとメンバーのロビー・ウィリアムズがグループを脱退します。原因は、当時彼らに課せられていた、「アルコール禁止、ドラッグ禁止、恋愛禁止」という束縛に耐えられなくなったから、ゲイリーに劣らぬ歌唱力があるにも関わらず、ゲイリーと並ぶことができない状況に耐えかねたため、すでにドラッグ中毒であったロビーに対し、メンバーが脱退かドラッグをやめるかの2択をせまったから、などいろいろと言われています。

ロビー脱退後も、残ったメンバーはアルバム、『Nobody Else』のプロモーション活動を続けていましたが、1996年2月13日、解散を発表します。ファンの悲嘆は予想以上で、自殺防止のための電話相談サービスが設置されたほど。
メンバーのハワード・ドナルドも「テムズ川に飛び込もうかと思った。」と自殺しそうな心境だったことを後に語っています。

1996年、解散前最後のアルバムとして、ベスト盤『The Greatest Hits』をリリースします。

解散後のメンバーの活動 ロビーだけが脚光を浴びる

ロビー・ウィリアムズ

ロビー・ウィリアムズ

全盛期で解散をしたTake Thatですが、解散ごメンバーはどうなっていったのでしょうか。

まず脱退をしたロビー・ウィリアムズは、脱退後は、ドラッグとアルコールに溺れつつも、徐々に回復を見せていき、ソロ活動を開始します。そして、1997年にリリースした「Angels」が世界中でヒットし、「ヨーロッパで一番人気のある歌手」となります。

しかし、一方でグループのヴォーカルであったゲイリー・バーロウはソロ活動をするもうまく行かず、ひっそりとプロデューサー業を始めます。
マーク、ハワード、ジェイソンは解散後ほぼ表舞台から消えていきました。

ロビー脱退の原因の一つは、ロビーとゲイリーの仲違いであると言われており、この頃、二人の仲をマスコミが面白がって中傷し、更に関係が悪化していきます。このことで心に傷を負ったゲイリーまでも、表舞台か消えていきます。

グループ再結成とロビー&ゲイリーの和解

再結成したTake That

再結成したTake That

解散後、ひっそりと活動していたロビー以外の4人ですが、2004年、ドキュメンタリー番組『Take That: For the Record』のため久しぶりに再会し、そして2005年、ロビー・ウィリアムズ抜きで再結成を果たします。

再結成後は昔のアイドル路線ではなく、良質なボーカル集団となり、出したアルバムは再結成前よりも高い売上を記録し、ツアーチケットは数時間で全公演完売となりました。

ロビー・ウィリアムズに対しては、「迎え入れるドアはいつでも開いている」とメンバーは公式にコメントを続け、2010年、ロビーがTake Thatに復帰したことで、遂に5人そろっての再結成を果たしました。
ロビーとゲイリーですが、2007年ころには再開し、すでに和解も済み、家族ぐるみで遊ぶなど今まで以上に仲良くなっているようです。

5人でのニューアルバム『Progress』が発売されると、発売一週間で52万枚を売り上げ、UKアルバムチャート1位を記録し、イギリス音楽史上「初週で最も売れたアルバム」となりました。そして、年末に発売したにも関わらず、6週間も1位をキープし続け、2010年で最も売れたアルバムとなります。
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