思い出の「昭和芸能人伝記マンガ劇場」:第6回、ローラーゲームの女王!「佐々木ヨーコ物語」
2017年11月27日 更新

思い出の「昭和芸能人伝記マンガ劇場」:第6回、ローラーゲームの女王!「佐々木ヨーコ物語」

ローラーゲームの中心となってブームを牽引していたのが、日本が誇るプロチーム「東京ボンバーズ」その中でも女子選手としてアイドル的人気を博したのが「佐々木ヨーコ」。そんなローラーゲームのアイドルも伝記マンガになっていた!ローラーゲームの女王のコミカライズ版です!

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1972年から75年までの間、東京12チャンネル(現材のテレビ東京)系で、夜のゴールデンタイムに毎週放送されていた、アメリカから来た全く新しいスポーツ番組、それが「日米対抗ローラーゲーム」!
「日米対抗ローラーゲーム」宣材写真

「日米対抗ローラーゲーム」宣材写真

左が佐々木ヨーコ。右の女性はチームで人気だった「綾部姉妹」の綾部圭子。
実はこのローラーゲーム、既に1968年から2年間に渡って、本国アメリカでの試合の映像が、同じ東京12チャンネル系で放送されており、日本で人気を呼んでいたスポーツ!残念ながらその後、人気低迷により放送は一端打ち切られたが、人気挽回のために日本で日本人チームを作るプロジェクトが指導!その計画も、途中資金難による中断など幾多のトラブルに見舞われたが、ついに初の日本人チームである「東京ボンバーズ」がハワイで結成されたのが、1972年のこと。日本での放映開始から、実に4年余りの歳月が経過していたことになる。

1969年のローラーゲームの映像

映画「カンサスシティの爆弾娘」日本版ポスター(左)と海...

映画「カンサスシティの爆弾娘」日本版ポスター(左)と海外版DVDジャケット

「カンサスシティの爆弾娘」の原題は「カンサスシティ・ボンバー」。東京ボンバーズの名前の由来?との説もあり、確かにユニフォームも非常に似ている。
60年代末からアメリカで大流行したこの新スポーツは、1975年にアメリカでも「ローラーボール」というSF映画が制作された程の大人気!
もちろん、このローラーゲームその物を題材にした映画「カンサスシティの爆弾娘」も作られており、近年でも「ローラーガールズ・ダイアリー」という作品が作られるなど、未だにアメリカでは根強い人気があるスポーツだ。

80年代アメリカでのローラーゲーム映像

しかし正直言って、我々ミドルエッジ世代にとっては、うっすらと子供の頃に見ていた記憶がある程度。あれ程日本にブームを巻き起こしながら、最早日本ではその存在さえ忘れ去られてしまった様なこのスポーツ。だが、70年代中頃の日本中で一大ブームを巻き起こし、毎週テレビ中継される程の大人気を誇っていたローラーゲームの中心となってブームを牽引していたのが、日本が誇るプロチーム「東京ボンバーズ」なのだ!
これが東京ボンバーズのメンバーだ!

これが東京ボンバーズのメンバーだ!

日本で結成された「東京ボンバーズ」のメンバーは、当時プロ野球選手並の人気を誇り、中でも女子選手としてアイドル的な存在だったのが、チームのリーダーとして活躍した佐々木ヨーコ。
そこで、今回は彼女の伝記マンガ「佐々木ヨーコ物語」を紹介しようと思う。

*「日米対抗ローラーゲーム」と、日本におけるローラーゲームの成り立ち、そして「東京ボンバーズ」について、更に詳しく知りたい方は以下のリンクからどうぞ。

そもそも、佐々木ヨーコとは?

日本で結成されたローラーゲームのチーム「東京ボンバーズ」で、その長い黒髪とルックスからアイドル的存在だった、チームの中心選手。
時代的にも、ちょうど女子プロレス人気が台頭する時期に当たり、映画界にも「アマゾネス」や志穂美悦子の女ドラゴン物など、女性が戦う作品に人気が集まっていたこともあって、一種の時代の要求に答えた結果の大ブームだったのかも知れない。
当時の佐々木ヨーコの私生活を伝えた記事

当時の佐々木ヨーコの私生活を伝えた記事

「週間平凡」1973年8月23日号掲載。
画像で紹介した様に、当時の週刊誌のグラビアにも彼女のプライベートが紹介されるなど、当時の日本人がいかにこの新スポーツの女王に熱狂していたかが伺える。
70年代の短い一時期ではあったが、日本中の人気と注目を集めた存在、それが「東京ボンバーズ」の若きチームリーダーである彼女、佐々木ヨーコだったのだ。

マンガ「佐々木ヨーコ物語」概略

「佐々木ヨーコ物語」掲載誌表紙

「佐々木ヨーコ物語」掲載誌表紙

本作が掲載されたのは、「別冊少年チャンピオン」1973年12月号。
本作が掲載されたのは、「別冊少年チャンピオン」1973年12月号。マンガだけでなく、巻頭カラーピンナップで当時のゲームの様子が写真で紹介されているのも、今となっては貴重な資料だ。(残念ながら手持ちの資料ではピンナップが切り取られており、どんな写真だったかは不明)
あの「燃えよドラゴン」のコミカライズも掲載されているこの号、現在ではかなり入手困難な貴重品となっている。
ちなみにこの他にも、週刊少年マガジンや少年キングの表紙に彼女は登場しており、幅広い年齢層に大人気だったことが判る。
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  • おばちゃん 2018/2/26 19:58

    いつも楽しく読ましてもらっております。
    物語シリーズで小柳ルミ子物語を期待しております。
    作者のばらさかきさんも首を伸ばして待っています。(笑)

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