F1の安全対策の歴史:ドライバーの安全性を高めるリスクマネジメントの進化
2016年3月22日 更新

F1の安全対策の歴史:ドライバーの安全性を高めるリスクマネジメントの進化

1970年代のF1では『毎年25人中2人が死ぬ』と言われる程に、最高速のスピードで戦うF1は、栄光と危険は背中合わせ。だからこそ限界ギリギリのところで勝負しているチームやドライバーに魅了されるところもあります。マシンテクノロジー・パイロットやチームの意識・コース設定やレース運営やレギュレーション、あらゆる面で徹底的に完全面を高め続けて挑まないと、F1は時には牙を剥くことがあります。F1の安全性に関する技術・規定・コース設計・レース運営思想がどのように進化し続けているか振り返ってみましょう。

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フェリペ・マッサを先導するセーフティカー。(写真は20...

フェリペ・マッサを先導するセーフティカー。(写真は2006年のF1世界選手権にて)

F1や主にヨーロッパのその他のレースにおいては事故車両そのものによってコースがふさがれてしまった場合、特に他の車両がその際散らかった破片を踏んでしまいタイヤがパンクする恐れがあるときや、レースを中断するほどではないが車両の走行が困難なほどの大雨に見舞われるなどのレースを安全に遂行する上で危機的状況に陥った場合に際して、競技参加者やオフィシャルの安全を確保し、競技車のペースをコントロールするためにセーフティカーが導入される。
イエローフラッグとSCサイン(SCとはSafety C...

イエローフラッグとSCサイン(SCとはSafety Carの略)

セーフティカーがコースに入る際は、コースの全ての区間において、黄色のレース旗が振られるとともに、「SC」と書かれたプラカードやLED表示板が掲げられ、ドライバーは走行速度を落とすことを求められる。「SC」とはSafety Carの略である。

これらの合図が提示されてからセーフティカーが先導している間は、競技車両は、先行車がトラブルでスローダウンした場合などのやむをえない場合を除き、一切の追い越しが禁止されている。

セーフティカーは車体上部に緑と黄色の回転灯や閃光灯を備えており、セーフティカーはコースに入ってしばらくは緑のランプを点灯する。このランプが点灯している間は、競技車両がセーフティカーを追い越すことが認められている。

レースの先頭を走っていた車両(その時点で1位の車両)がセーフティカーの後ろに追いついた時点で、セーフティカーは黄色のランプを点灯し、この時点でセーフティカーの追い越しが禁止となる。

隊列を先導している間セーフティカーは黄色のランプを点灯させ、コースの安全が確認され次にピットに入ることになるとランプを消灯し、次の周からレースが再開されることを知らせる。

セーフティカーがレースに介入すると、その副作用として、セーフティカーが入る以前の段階で後続車との間に大きなリードを築いていたとしても、そうした差が全て縮められることになるため、その後のレースがより白熱したものとなるという効果がある。
2015年度からF1のセーフティカーとして使用されてい...

2015年度からF1のセーフティカーとして使用されているメルセデスAMG・GT S

歴代ベース車両

セーフティカー用のこの車両は、AMG製の同名の市販車とは、外観は同じでも中身は基本的に別物である。

特に、バリオルーフ採用モデル(SL,SLK)は開閉ユニットを外し、固定ルーフとしているため、車体構造から根本的に異なる。ただし、AMGはセーフティカーと同一性能の車両の販売も特注という形で受け付けている(ヨーロッパのみ)。
1996年      C36 AMG
1997-1998年   CLK55 AMG
2000年      CL55 AMG
2001-2002年   SL55 AMG
2003年      CLK55 AMG
2004-2005年   SLK55 AMG
2006-2007年   CLK63 AMG
2008-2009年   SL63 AMG
2010年-2014年 SLS AMG
2015年-     Mercedes-AMG GT S

レース運営の判断ミスやコースレイアウトの危険性など複合的な要因による『F1安全神話の完全な崩壊』 1994年サンマリノグランプリ「最も悲しい日」

「カーボンモノクッコ」でさえも絶対的に安全ではなかった。衝撃で穴があくこともある。

ローランド・ラッツェンバーガーの死亡事故が起きる。第3...

ローランド・ラッツェンバーガーの死亡事故が起きる。第3戦サンマリノGPにおいて、4月30日の予選二日目でのタイムアタック中、ビルヌーヴコーナー手前でフロントウイングが脱落しコントロールを失い、マシンは310km/hでコンクリートウォールに激突した。

ローランド・ラッツェンバーガーの死亡事故で過去十数年に渡ってF1GPで死亡事故が発生していなかった、カーボン・ファイバー・モノコックの安全神話は崩れ去った。

事故の衝撃は、強度の高いカーボンモノコックに穴が開くほどのものであり、ラッツェンバーガーの体は露出していた。

なお、突然ウイングが脱落した要因については、事故の直前の周に一度コースアウトしており、そのときにフロントウィングにダメージを受けていた可能性が高いと言われている。
ラッツェンバーガーは事故の前年までで主に日本で4年ほど活動と関わりが深かったため突然の訃報は日本国内のレース関係者やファンにも大きな衝撃を与えた。

全日本F3000選手権等で対戦した星野一義は、アイルトン・セナの事故死についてコメントを求められた際、「自身としては、セナ以上にラッツェンの死がショック。去年まで同じレースで闘った仲間だから」と語った。(「オートスポーツ」誌より)
何かに呪われたようなこの週末は、それまでの『F1安全神話』を完全に崩壊させ、新たな安全確保への規格の構築へと繋がっていった。
1994年サンマリノグランプリ:ローランド・ラッツェン...

1994年サンマリノグランプリ:ローランド・ラッツェンバーガー(シムテック)とアイルトン・セナ(ウィリアムズF1)の死亡事故がそれまでの『F1安全神話』を完全に崩壊させた。

ウィリアムズ・FW16(1994年)

シューマッハがゴールラインを越えてから2時間20分後の18時40分、マリア・テレーザ・フィアンドリ医師はアイルトン・セナの死を発表した。

公式の死亡時刻は14時17分、つまり即死だった。
セナは開幕から3戦連続のポールポジションから決勝をスタートし、1コーナーでも首位をキープしたが、後方での事故によりセーフティーカーが導入される。

そして再スタートが切られた後の7周目(現地時間午後2時17分)、直後にミハエル・シューマッハを従えて超高速・左コーナー「タンブレロ」において時速312kmで首位を走行中に、そのまま直進してコースアウトし、コース右脇のコンクリートウォールに激突(激突寸前、時速210km-220kmまで急減速していた)、セナが駆るマシン・FW16は大破した。

車載映像には、セナがシフトダウンしステアリングを左に切るもののマシンが曲がらないままコンクリートウォールに向かう映像が残っている。

また、カウンターを当てたのか一瞬マシンが右に向く場面もあって謎が謎を呼び、その後自殺説やチームオーナーのフランク・ウイリアムズが追及されたりと、さまざまな憶測も飛び交うこととなったが事故原因の確定的な結論には至らぬままだった。

死亡の直接原因はステアリングシャフトの頭部貫通によるダメージだった。セナの事故後、早急に該当部への改良がなされ、クラッシュした際にステアリングシャフトがドライバー側に動かないデザインとなった。

セナは意識不明のままヘリコプターでボローニャのマジョーレ病院に緊急搬送されたが、現地時間午後6時3分には脳死状態に陥り、事故発生から約4時間後の午後6時40分に、34歳で死亡した(以後、2015年にジュール・ビアンキが亡くなるまで死亡事故は起きなかった)。

コックピット内の安全対策不足・もし何らかのマシントラブルに気付いていたなら、天才過ぎるアイルトン・セナのリスクマネジメントの問題も一因としてありうる

アイルトン・セナの死亡の直接原因はステアリングシャフト...

アイルトン・セナの死亡の直接原因はステアリングシャフトの頭部貫通によるダメージだった。

ステアリングシャフトの頭部貫通という直接的な原因に関しては、ステアリングシャフトの強度不足とコックピット内の安全対策が十分ではなかったと言えるでしょう。

事故の間接的な要因は大きく、前日のローランド・ラッツェンバーガーの死亡事故、レース運営上の判断(レースーカーによる中断ではなく、再スタートにするべきではなかったか)、イモラサーキットのコースレイアウト上のリスク、ベネトンのM.シューマッハは開幕から2連勝しており、セナはこのレースを負けられない事情があった・・・セナの心理状況(もしマシントラブルを察知していながら、危険を冒していたなら、冷静なリスクマネジメントが欠けていた部分もありえる)・・・多様な複合的な要因があったのでしょう。
ウィリアムズ・FW16のコックピット内の足元(ステアリ...

ウィリアムズ・FW16のコックピット内の足元(ステアリングシャフト)

強度不足のステアリングシャフトが折れた場合、これが狭いコックピット内のドライバーに対して危険な凶器となりうることを見逃したミスが大きい。

レギュレーションで、ウィリアムズの強みであった「アクティブサスペンション」が禁止になったことも痛かった。

レース運営における判断ミスやセーフティカーの性能の低さも事故の一因となりうる

レースの前に行われたドライバーズブリーフィングにおいて、セナはゲルハルト・ベルガーとともに、セーフティカーのスピードが遅いとタイヤ温度を高く保てないとの懸念を表明していた。
その懸念が現実化してしまう悲劇・・・
1990年代の中盤には、セーフティカーは各サーキットが...

1990年代の中盤には、セーフティカーは各サーキットが用意していたものを使用していた。セーフティーカーが遅すぎると、タイヤの温度が低下してしまう。

セーフティカーの介入によって、タイヤ温度の低下、負けられないシューマッハとの差が縮められてしまったこと・・・などが遠因にはあるかもしれません。
1990年代の中盤には、セーフティカーは各サーキットが用意していたものを使用していた。

しかし、サーキットによって保有する車両の性能がまちまちであるため、セーフティカーの性能が低い場合に、後続のF1カーに乗るドライバーは遅いセーフティカーのペースに付き合わされることで、タイヤの温度低下を少なく保つことに苦労するなどの問題が生じた。

これに関しては、1994年のサンマリノGPの決勝において、レーススタート直後にJ・J・レートとペドロ・ラミーによる大きな事故が起きたにもかかわらず、その時点でレースを中断してスタートやり直しとせず、セーフティカーに先導させるという決定がなされたケースについて、ナショナルジオグラフィックが2004年製作のドキュメンタリーの中で、この時のセーフティカーのペースが決して速いものではなかったため、結果として各競技車両のタイヤの温度は下がり、これがアイルトン・セナの死亡事故の一因となった、とする見解を提出しており、その適否はともかくも、この例が英語圏では広く知られる。
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