九段はゴールかスタートか 鈴木大介九段に昇段
2017年5月29日 更新

九段はゴールかスタートか 鈴木大介九段に昇段

「ハチワンダイバー」監修であり棋士である鈴木大介先生がこのたび九段に昇段なさいました。彼の歩いてきた道、棋士のマイノリティ将棋のアウトローすなわち振飛車の道。勝数規定による九段昇段はゴールとなるのか、新しいスタートか!

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登場 鈴木大介

鈴木大介九段

鈴木大介九段

 鈴木九段は1974年生まれ東京都町田市の出身でございます。
 1986年に奨励会に入り20歳でプロ入り。数字だけ見ればふうんそんなもんかと思って流してしまいますが個性というものは出てくるらしい。鈴木九段はプロ入り後、竜王戦5期連続昇級という活躍をなさるのであります。
 竜王戦には1から6までの《組》というものが存在していまして、これは順位戦における級や組とほぼ同じ意味を持っている。順位戦と比べるとちと厳しく竜王戦2組入りで六段、1組入りで七段、実際に竜王位をとって八段までしかのぼれません。とは言ってもほかのタイトル戦ではどんなに勝っても昇段はなく挑戦者になって初めて五段六段、獲得して七段という状態なのですから竜王戦は他の棋戦よりも重要である、という言い方はできてしまうのかもしれません。

竜王 対 鈴木

 鈴木先生は竜王戦で連続昇級するにとどまらず、1999年には実際に竜王位に挑戦してしまいます。
 時の竜王。棋界の風雲児、藤井猛。
 この2人に久保利明九段をいれた3人でついたあだ名が《振飛車御三家》。なかでも当時の藤井竜王は《藤井システム》であちこちから勝ち星をあげている暴れん坊。逆に言うとここで勝ったほうが振飛車党総裁の地位に肉薄するというものです。そんな役職は実在しませんが。
 乗っている時には徹底的に乗っていくのが鈴木流。先生は竜王戦挑戦にあたって《全局振飛車宣言》を行い、戦法を限定することを明示します。
 これに対して藤井竜王は全局なんと居飛車を採用。結果としては竜王の4勝1敗。鈴木先生が初タイトルを獲得することはなりませんでした。
 やはり戦法を限定したのが悪かったのか? いやいやこれにはちゃんと駆け引きがあったのだという声もあります。

 将棋には大きく《居飛車》《振飛車》という戦法のくくりがありまして、なので発生する戦いも

 相居飛車 → お互いに居飛車
 対抗形 →片方が居飛車、片方が振飛車
 相振飛車 →お互いに振飛車

 の3種類が基本でございます。鈴木先生も藤井竜王も振飛車採用率が高い。すると《対抗形》《相振飛車》が主な戦場となるわけですが、藤井システムに代表される藤井先生は《対抗形》を得意としており、やんちゃな鈴木先生は《相振飛車》を得意としていた。
 この時の竜王戦では鈴木先生が振飛車宣言をなさってますから、お互いが何も策をろうさずに激突すればおそらく主戦場は《相振飛車》。そうなると自信が無いわけではないがかといって歓迎できるかと言われればそれも微妙。
 ということで老獪と言いますか、藤井竜王は自分が普段相手にしている居飛車を採用することで「振飛車がされたらイヤなこと」を的確に突いてゆくのでございます。居飛車退治の専門家が居飛車を指すのでございますからその研究量たるや並の居飛車党をゆうに上回っており、さらに藤井先生は序盤巧者なのもあって4勝1敗という差が発生したのであろう。

 1974年生まれの鈴木先生に対して藤井九段は1970年生まれ。将棋においてこの4年という月日がどう影響を与えていたかわかりませんが、鈴木先生の突撃に対して藤井竜王が策を張るという状況が発生したのはあるいはこの4年間のせいだったのかもしれません。
 ちなみにプロ入りは双方20歳なのでござます。
藤井猛の攻めの基本戦略

藤井猛の攻めの基本戦略

棋界の風雲児、藤井九段

家賃 対 鈴木

 タイトル戦を経験した者は香車1本強くなると言います。
 大舞台や良い目にあうとまたそういう経験をしたいということで士気が上がる。そもそもトップ棋士と番勝負で争うということがたいへんな勉強になるわけでございまして、鈴木先生もなにやら調子を出していきます。
 01年度、02年度の順位戦では一念発起の大活躍、A級棋士として名乗りをあげるのでございます。当時七段だった久保先生も一緒の昇級でした。

 が、この時のA級が過酷も過酷。そもそも鈴木、久保先生と入れ替わりで下っていったのが羽生世代でありタイトルホルダーだった郷田棋聖と無冠の帝王森下八段。翌年には青野九段、《島研》の島八段、63期には深浦八段、高橋九段とぽろぽろ落とされてゆく。上は上で羽生森内を筆頭にタイトル戦で活躍している谷川先生や佐藤康光先生、なにより藤井九段がいらっしゃる。激戦も大激戦、鈴木先生は引き分け以上の成績が取れれば良いほうという状態でありました。

 A級には名人になるやならざるやの実力者が集まっていて、その風速たるやタイトルホルダーでも落とされることが珍しくない。しかもその時は羽生世代が団体さんでお越しになっていたというわけで0年代から10年代にかけてのA級家賃は棋界史に残るほど高騰していただろうということがあちらこちらで話題になっていたものでございます。
棋神―中野英伴写真集

棋神―中野英伴写真集

A級の家賃を上げることにおおいに貢献した羽生先生
 そんななか鈴木先生の背中を押すアレがついに世に登場してきます。
 そう「ハチワンダイバー」です

ハチワンダイバー

ハチワンダイバー 1

ハチワンダイバー 1

 「ハチワンダイバー」は週刊ヤングジャンプに掲載されていた《将棋アクション漫画》でありまして作者は柴田ヨクサル。
 2006年に掲載が始まってから2年後に「このマンガがすごい!」などでオトコ編1位をとったりドラマ化したりゲーム化したりとどんどん人気がでていきます。

 鈴木先生はこの漫画の監修をしていらっしゃったのです。
 監修といってもピンキリで、将棋界を描くにあたってアドバイスをしたり将棋に関するチェックをしたりいろいろあるものですが「ハチワンダイバー」は鈴木先生に棋譜をつくってもらったという力のいれよう。作者の柴田ヨクサルがとても将棋強い(女流棋士に平手で勝てる程度)であり幼い頃は棋士になろうとしていたという人なので将棋ファンにとってもかなり読み応えのある内容となっているのですが、そもそも
ハチワンダイバー 22

ハチワンダイバー 22

 鈴木八段本人が登場しています。
 将棋漫画などでは架空の棋士を登場させたりパロディといった程度にとどめるということが多いのですが、この鈴木八段は作中にも鈴木八段として登場して鈴木八段として戦います。
ハチワンダイバー コミック 全35巻完結セット

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御家騒動勃発

 1位をとったり日本将棋連盟より感謝状をもらったりしたのは「ハチワンダイバー」や柴田ヨクサル先生の話でございまして、じゃあ鈴木先生は監修以外で何をしていたのかと申しますと2005年の順位戦で3勝6敗、A級から降級させられてしまいます。この時一緒に降級したのは森下九段(Aに戻ってきていた)でございました。

 肉を斬りとられたら骨を奪うのが将棋指しというもの。鈴木先生は06年の棋聖戦でタイトルに挑戦をしており相手は佐藤康光棋聖。挑戦者決定戦では羽生をくだしての名乗りあげだったのですが3連敗で奪取ならず。

 ここで踏ん張りがきくかどうか迎えたひとつの分水嶺。翌年のB級1組順位戦は7勝5敗と勝ち越し、さらに翌07年には11勝1敗と文句無しの成績をあげてA級に舞い戻りました。一緒に昇級した深浦王位が9勝3敗であったので抜群の成績であったと言って良いはず。
 が、なんと翌年には2人揃って3勝6敗でB級1組に送還されてしまうのです。さすがA級容赦が無い。

 こうなるといよいよきびしくなり鈴木先生はB級1組でも6勝6敗のように特に悪いわけでもないが良くもないという状態になっていきます。
 上昇の気配を失うとすぐに襲いかかられるのが将棋界の常、2011年の順位戦は降級候補となってしまいました。その相手は前年にA級から降りてきた藤井九段。
 ここに。振飛車御三家のうち2人よるお家騒動が勃発したのであります。
A級なのでお家騒動に関係しなかった《御三家》久保先生

A級なのでお家騒動に関係しなかった《御三家》久保先生

 A級とB級1組については降級点という制度がなく、毎年下位成績者2名がひとつ下のクラスに降級していきます。2011年、すなわち第70期順位戦では最終局を待たずして誰が勝っても負けても中村修九段の降級が決まっておりました。これで1枠。
 もう1枠を争っていたのが当時の鈴木八段と藤井九段。こうなってくると争う相手が勝ったか負けたかも鍵になってくるのですが、藤井九段が「自分が勝ち、鈴木八段は勝っていない」ことが残留の条件であったのに対して鈴木八段は「自分が勝つか、藤井九段が勝っていない」ことが条件であり有利と言えました。
 しかし相手はA級から降りてきたばかりの強豪。勝負強くなければA級に残ることはできないので油断をすれば取られた寝首が山を築きます。

 この対局は直接対決ではなく、鈴木八段は畠山鎮七段が、藤井九段は行方尚史八段がそれぞれ相手でございました。
 この時、ちょっとばかり時の運が味方していたのかもしれません。藤井九段は王位戦において挑戦者を決めるためのリーグ入りをしており、タイトル挑戦が視野に入っている状態だったのです。鈴木八段がA級から降級する一方で佐藤棋聖に挑戦した時と同じ道を藤井九段が歩いていたのかもしれません。藤井九段は敗れて鈴木八段の結果を待たずして降級することが決定しました。
 一方の鈴木八段はこうなると勝っても負けても残留だったのですが、きっちり勝ちをおさめて自力での残留を決定しております。

 ある者は昇り、ある者は降りてゆく。
 経験を積み重ねたベテランであっても新進気鋭の若手であっても情状酌量なんてものはありません。あるいはその2人がお互いでお互いの命運を決することすらあります。
 順位戦最終日。
 この日のことは《将棋界の一番長い日》と言われており、今でも毎年多くの人に安堵と試練を与えているのでございます。
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