知ってましたか?「アメリカ(バンド)」の全盛期を飾ったアルバム・タイトルは、全て頭文字が「H」なんですよ。
2018年5月10日 更新

知ってましたか?「アメリカ(バンド)」の全盛期を飾ったアルバム・タイトルは、全て頭文字が「H」なんですよ。

「名前のない馬」や「金色の髪の少女」をはじめとして、70年代にヒット曲を連発した「アメリカ」。現在でも元気に2人組で活動していますが、3人組だった70年代の作品は、今聴いても心に沁みる素晴らしいものばかりです。そしてその素晴らしいアルバムのタイトルは全部「H」で始まるんですよ。

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America

アメリカの3人組バンド、アメリカ(America)はイギリスで結成されました。なんだか紛らわしいですが、1970年のことです。
アメリカ

アメリカ

ジェリー・ベックリー、デューイ・バネル、ダン・ピーク
3人とも父親が軍人でロンドンに駐留していた関係から、アメリカンスクールで知り合いバンド結成へと至ります。
19歳の時にデューイ・バネルは「砂漠の歌」と言う曲を作っているのですが、これがデビュー曲の「名前のない馬(A Horse With No Name)」となります。

1971年にデビューアルバム「アメリカ」を発表しますが当時はヒットには至りませんでした。しかし翌年、アルバムからシングルカットされた「名前のない馬」が全米1位の大ヒットを記録します。

America - A horse with no name

「名前のない馬」のヒットを受けて、アルバム「アメリカ」も全米1位となり幸先の良いデビューとなります。
以降、コンスタントに毎年アルバムを発売していくのですが、72年の2枚目のアルバムから77年の7枚目のアルバムまで「H」で始まる単語がアルバムタイトルに付けられることになります。珍しいというか、面白いですね。

Homecoming

1972年に発売された「帰国」と題された2枚目。イギリスでデビューしたアメリカの凱旋といったタイトルですね。この年から活動拠点をロサンゼルスに移しています。
Homecoming

Homecoming

1.ヴェンチュラ・ハイウェイ
2.トゥ・イーチ・ヒズ・オウン
3.ドント・クロス・ザ・リヴァー
4.ムーン・ソング
5.君だけの心に
6.陽が昇るまで
7.空しきコーンウォール
8.ヘッド&ハート
9.再びカリフォルニアへ
10.サタンの夜
アルバムには、これまた大ヒットした彼らの代表曲「ヴェンチュラ・ハイウェイ」を収録しています。

America - Ventura highway

Hat Trick

ヨーロッパと比べると、アメリカでのサッカー人気はそれほど高くはありません。なので1973年当時「ハットトリック」と言われても、ピンとくる人は少なかったのではないかと思われます。
あまり一般的とは思えないこのタイトルを付けたのは、3人がサッカー大国イギリスで青春時代を過ごしたためでしょうね。
Hat Trick

Hat Trick

1. マスクラット・ラヴ
2. ウィンド・ウェイヴ
3. あの娘にふられて
4. レインボウ・ソング
5. サブマリン・レイディーズ
6. イッツ・ライフ
7. ハット・トリック
8. 甘い恋のふれあい
9. グリーン・モンキー
10. ウィロウ・トゥリー・ララバイ
11. グッドバイ
アコースティック路線の良い作品であることに間違いはありません。しかし、地味な印象は拭えないアルバムでもあります。

Holiday

結成場所、前作のアルバムタイトルだけではなく、アメリカ(バンドです)とイギリス(国です)の結びつきは深く、1974年のアルバム「Holiday」からはプロデューサーにジョージ・マーティンを迎え入れます。
Holiday

Holiday

1.ミニチュア
2.魔法のロボット
3.アナザー・トライ
4.ロンリー・ピープル
5.グラッド・トゥ・シー・ユー
6.マッド・ドッグ
7.ハリウッド
8.ベイビー・イッツ・アップ・トゥ・ユー
9.ユー
10.オールド・マン・トゥック
11.ホワット・ダズ・イット・マター
12.イン・ザ・カントリー
プロデューサーはもう一人のメンバーとよく言われますが、ビートルズと言えばジョージ・マーティン。ジョージ・マーティンと言えば5人目のビートルズと言われるほど大きな貢献をした名プロデューサーです。
前作が全米28位と今一つだっただけにテコ入れの意味もあったのかもしれません。結果本作は全米3位と大ヒットしています。

ジョージ・マーティンとは、1979年までコンビを組むことになります。

Hearts

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