ゼロ・クラウンは一日にしてならず
2017年6月28日 更新

ゼロ・クラウンは一日にしてならず

2003年に発売された12代目トヨタ・クラウンは、「ZERO CROWN」のキャッチコピーとともに登場し、大ヒットをしました。しかし、ここに至るまで、トヨタは入念な準備を行っていました。今回は、9代目から始まった改革の経緯を見ていきましょう。

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11代目では、スポーティグレードとして「アスリート」が設定されました。かつて、8代目に設定があったグレード名ですが、9・10代目では「ロイヤルツーリング」と命名されて消滅してしまいました。従来はいずれも多数あるグレードのうちの一つでしたが、11代目では「ロイヤルシリーズ」と対をなすスポーティなシリーズとして複数のグレードが設定され、カタログも別途用意されました。

こういったグレードの設定には、ユーザー層の高齢化がありました。若返りをしないとクラウンがユーザーとともに消滅してしまう……。トヨタにはそんな危機感がずっとありました。

日産では、1987年発売のY31型セドリック・グロリアからブロアムシリーズとグランツーリスモシリーズの2本立てで展開し、ユーザー層の引き下げに成功していました。クラウンもこれに倣った格好です。
全車セダンボディとなった、11代目クラウンのロイヤルサルーン

全車セダンボディとなった、11代目クラウンのロイヤルサルーン

ハードトップからセダンになったことで、濃色だと運転士付きのクルマのように見えてしまった。
11代目の目玉となった、クラウン・アスリート

11代目の目玉となった、クラウン・アスリート

従来のロイヤルツーリングよりも差別化が図られ、久々にターボエンジン搭載車も設定された。

TOYOTA CROWN ATHLETE

アスリートを前面に出し、時代の変革者とともに「変わること」をPRした11代目のCM。

ついにゼロ・クラウンとして結実

車体のモノコック構造化、ボディのセダン一本化、スポーティグレードの追加と改革を行ってきたクラウンは、2003年、ついに12代目(180系)にフルモデルチェンジします。

新規開発のプラットフォームを採用し、エンジンは直列6気筒を廃止してV型6気筒に統一。若々しいデザインを採用し、「ZERO CROWN」のキャッチコピーですべてが一新されたことをPRしました。

12代目の登場は、確かに衝撃的でした。特に流麗なフォルムはクラウンらしくなく、ユーザー層の引き下げも実現しました。しかし、ここに至るまでの道のりは9代目からじわじわと行われてきたのでした。台数も多く売れ、利益率も高いクルマだけに、トヨタが非常に慎重に変更を重ねていったのが伺えます。
「ゼロ・クラウン」と呼ばれて今も人気が高い、12代目クラウン

「ゼロ・クラウン」と呼ばれて今も人気が高い、12代目クラウン

オーナーサルーンとして違和感のない、流麗なフォルムになった。
12代目クラウンの看板となったアスリート

12代目クラウンの看板となったアスリート

ユーザー層の若返りにも成功した。

伝統ブランドの刷新は難しい

ここまで、ゼロ・クラウン誕生までのいきさつを見てきましたが、伝統あるブランドの刷新は難しいと改めて感じました。特にクラウンはトヨタの看板車種のひとつであり、利益率も大きいので、失敗すると経営に大きく影響します。

しかし、それでも刷新に迫られた背景には、1990年代半ばに出てきた、エコロジーと安全性の向上があります。これは世界中のメーカーに突き付けられた課題で、側面衝突性能の向上と、前後方向に小さなV型エンジンを搭載することで、クラッシャブルゾーンを確保する、という方策がメルセデスベンツやBMWといった高級FRセダンを製造するメーカーで採られるようになりました。さらにガソリンタンクの造形がしやすくなったことで、車のパッケージングも変わってきました。
そういった技術革新の潮流に日本のメーカーは遅れがちでしたが、1990年代後半になると開発に着手するようになってきました。その結果として誕生したのが、トヨタはゼロ・クラウンであり、日産はV35型スカイラインなのです。

スカイラインの場合、R34型から一気にV35型に変わったので戸惑いと反発を招きましたが、ここで紹介したように、クラウンは徐々に変わっていったのです。もっともクラウンの場合、ペリメーター型フレームやハードトップボディ、ユーザー層の高齢化といった、越えなければならない課題がさらにあったのですが……。

しかし、ゼロ・クラウンの成功があったからこそ、現行14代目のような大胆なフロントグリルやピンク色のボディカラーなども可能になったのは間違いないでしょう。
登場時は衝撃的だった現行モデルのフロントグリルも、見慣...

登場時は衝撃的だった現行モデルのフロントグリルも、見慣れたせいか、すっかり定着している。

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