丸山桂里奈  日本サッカー史上、男子を含めて唯一のワールドカップ優勝。ドイツ戦の決勝ゴールを決めたとき思ったのは「気持ちワル!」
2024年1月21日 更新

丸山桂里奈 日本サッカー史上、男子を含めて唯一のワールドカップ優勝。ドイツ戦の決勝ゴールを決めたとき思ったのは「気持ちワル!」

東日本大震災が起こった年、「サッカーで日本に元気を送りたい」という思いでドイツワールドカップに乗り込み、絶対に勝てないといわれたドイツ戦で決勝ゴールを決め、男子を含めて日本サッカー史上初のワールドカップ優勝。

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ジェフレディースの監督は、元選手の上村祟士。
身長が190㎝以上あったので
「ジャンボさん」
と呼ばれていた。
丸山桂里奈は、新しいチームで初心に帰ってサッカーに打ち込んでいたが、相変わらずケガに悩まされていた。
練習のキツさに定評があるジャンボ監督は、丸山桂里奈に、通常の練習が始まる前に20㎞走るように命じた。
バスで練習に向かうとき、丸山桂里奈だけ蘇我のユナイテッドパーク(男子チームの練習場)で降ろされ、新習志野の女子の練習場まで走り、クタクタになった体でチーム練習を開始。
練習試合のときは、1試合目、2試合目をずっとグラウンドの外周を走り、3試合目に出場した。
「ジャンボさんがいいというまで、ひたすら走り続けることもありました。
そしてたまに私を走らせていることを忘れることがありました」
つらくて走りながら涙が出てくることもあったが確実に効果はあり、身体が絞れ、動きにキレが出てきた。
なでしこリーグ1部リーグで戦うジェフユナイテッド市原・千葉レディースは、丸山桂里奈が入って2ヶ月後、7位でシーズンを終了。
この年、日本代表(なでしこジャパン)は、

1月、BICENNTENIAL WOMAN'S CUP
2月、東アジアサッカー選手権(連覇)
5月、AFC女子アジアカップ(4位)
11月、アジア選手権(初優勝)

があったが、丸山桂里奈が呼ばれることはなかった。
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ジェフレディに入った翌年の3月11日、東日本大震災が発生。
翌12日、福島第一原子力発電所1号機が爆発を起こし、14日には3号機も爆発が発生。
丸山桂里奈は、東京電力社員時代、上司だった吉田昌郎が、現場から逃げずに原子炉の暴走をギリギリで回避させたのを知った。
4月3日開幕予定だったなでしこリーグは(同月24日まで)延期。
かつて所属していた、原発事故現場を本拠地とするマリーゼは、リーグ戦を辞退。
ジェフレディーも千葉の練習場に液状化現象が発生し、節電でナイター練習ができないので、平日はフィジカルトレーニングをして、週末の昼にゲーム形式の練習をすることが多かった。
丸山桂里奈は、福島にいる人々のことを心配しながら、毎日20kmの走り込みを続けた。
「東北が震源地と聞いて最初に思ったのが、以前の職場である東京電力福島第一原子力発電所にいるお世話になった方々の安否でした。
なかなか連絡がとれない不安な状態が続く中、物資の支援などできることを模索する日々が続き、もどかしい思いをしたのを覚えています。
すでにワールドカップドイツ大会が約3ヶ月後に迫っていましたが、当時私が暮らしていた千葉県でも地面の液状化現象などで、満足な練習ができない状態が続いていました。
東北が大きな悲しみに包まれている中、自分たちに何ができるのか。
今まで通りサッカーをしていてもいいのか。
無力さや葛藤にもがきながら、初めてサッカーを見つめ直すきっかけになりました。
ワールドカップに出場して、東北の皆さんや福島の皆さんに元気を出してほしいという気持ちで、毎日トレーニングに打ち込みました」
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ワールドカップに向けて準備を進めていた日本代表監督、佐々木則夫は、ジェフレディースの練習試合を視察し、丸山桂里奈のをみて
「90分間動けるようになった」
と感じた。
「各クラブを回って選手の状況を確認していました。
そんな中、特に変化が感じられたのが丸山桂里奈。
もともとスピードはあったけれど、スタミナに難があったから、彼女には『今のままだとメンバーに残れないよ』と伝えていたんです。
ところが練習試合をみたら、課題のスタミナ不足を克服してガンガン走れていたんです」
試合後、佐々木則夫に、そのことを指摘され、丸山桂里奈は、
「私はサッカーでしか返せないから」
と答えた。
佐々木則夫は、ワールドカップ直前の5月に行われるアメリカ遠征に丸山桂里奈を連れていくことにした。
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世の中が『サッカーどころではない』という状況の中、なでしこジャパンは記者会見を開かずにアメリカ遠征に出発。
しばらく代表から遠ざかり、久々に「日本代表候補」として合流した丸山桂里奈は、このアメリカ遠征がドイツワールドカップのメンバーに選ばれるために自分をアピールする最後のチャンス。
しかし試合に出られたのは、30分だけ。
アメリカ戦の後半18分から出場し、自分が持っている力を出そうと積極的に仕掛けた。
結局、なでしこジャパンは、アメリカと2回対戦し、いずれも0対2で敗北。
しかし丸山桂里奈は、
「ワールドカップで優勝したい」
といった。
「サッカーで日本に元気を送りたい」
というのが、その理由だったが、その思いはチームに広がった。
「特に私は福島のチームに在籍していたこともあったから、よりみんなのためにっていう思いが強くて・・・
非常時って自分のためには頑張れないけど、大切な人のためには頑張れるんですね」
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帰国直後の6月、ドイツワールドカップの代表メンバーが発表。
丸山桂里奈は、貯金が底をつき
「そろそろ働かないとヤバい」
と思い始めたときに北京オリンピック以来1年9ヶ月ぶりに「日本代表」に選ばれた。
8月、岡山県美作市で合宿。
練習グラウンドには連日、何千人もの人がやってきた。
最終日、雷雨となって練習試合が一時中止となった。
佐々木則夫が
「雨が上がるまで、せっかく観に来ていただいたたくさんの皆様に何かしないと」
といい出し、土砂降りの中、ヘッドスライディングすることが決まった。
(ヤバイ)
丸山桂里奈は逃げて隠れたが、みんなに
「なにもしないからおいで~」
と呼ばれ、年下の大野忍に
「カリ、行け!」
と命令され、佐々木則夫をみると
「やるからにはしっかりやれ」
といわれ、
(こういうことは若い選手がやるもんじゃないかな?)
と思いながらグラウンドへ。
そして8000人の観客が見守る中、2回ダイブし、チームのために体を張った。
しかしなでしこジャパンに対する期待はあまり高くなかった。
「愛媛で壮行試合をやって、それから名古屋経由でワールドカップに向かうときも、同行した記者は3、4人くらいでしたかね。
団体のお客さんから『何のチームですか?』と聞かれて、『なでしこジャパンです』って答えたら『ああ、バレーボールね』といわれましたよ」
(佐々木則夫)

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丸山桂里奈は、オシャレが好き。
「いい下着やお気に入りの下着をつけていると外からはみえなくても1日中気分よく過ごせる」
といい、大きな大会ではアメリカンイーグルというブランドを勝負下着と決め、試合に勝ったら替えずに連続して着用。
髪型はオデコ全開のポニーテールだが、髪を結ぶシュシュも「勝負シュシュ」があった。
爪は伸ばすことはできないが
「短い爪でもゴツい手でも関係ない」
と月一でネイルサロンに通い、バレンタインデーはハートとチョコレート、夏はスイカやヒマワリやセミ、クリスマスは星やツリーと季節のイベントをテーマにデザインをチェンジしていた。
ドイツに行く前、「T」「K」、そして「♡(ハートマーク)」が入ったネイルをブログにアップし、
「TKって彼氏のイニシャル?」
と話題となり、澤穂希からは
「桂里奈の彼氏の名前、タナカ・ケンジでしょ」
とイジられたが、それは両親のイニシャルだった。
丸山桂里奈は、両親を
「世界一大切な人たち」
と思っていて、
「不倫カップルと間違えられたら困るね」
などといいながら父親と腕を組んで出かけ、よりかかりながら寝転んでテレビ鑑賞。
母親も基本的に
「将来は、お母さんみたいになりたいな」
と思っていたが、1つだけ困っていることがあった。
「母は、キッチリした人だけにすごく口うるさいんです。
それも日常生活に関することならまだわかりますが、プレーにガンガン、ダメ出ししてくるんです。
例えばドリブルで競って澤さんにパスを出したとき、電話で『どうして自分で行かなかったの!あそこは行かなきゃダメでしょ!!フォワードなんだから!!!』ってプンプンしながらしつこくいわれました」
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2011年6月26日~7月17日、ドイツの9都市でFIFA女子ワールドカップが開催。
出場したのは各大陸の予選を勝ち抜いた15ヵ国+開催国の16ヵ国。
世界一の座を争う戦いは、まず4チームずつ4グループに分けられ、総当たりで予選グループリーグを戦い、予選通過国による決勝トーナメントが行われる。
優勝候補筆頭は、アメリカ。
FIFA世界ランキング1位、過去5回行われた同大会で2度優勝。
続いてドイツ。
FIFA世界ランキング2位、前回大会優勝国であり、アメリカ同様、過去2度優勝。
そして初の世界一を狙うサッカー大国、ブラジルが、それに続いた。
日本は、FIFA世界ランキング4位。
過去5大会に5回出場。
しかし最高順位はベスト8。
世界トップクラスの一角に位置しているものの、優勝候補とはいい難い存在で、優勝オッズは約15倍だった。
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なでしこジャパンは予選グループリーグで

ニュージーランド
メキシコ
イングランド

と同組に入った。
6月27日、高さとパワーのあるニュージーランド戦。
前半6分に先制し、すぐに追いつかれたが後半23分、宮間あやが決勝点を叩き込み、1対0で逃げ切った。
なでしこジャパンは、試合後、
「To Our Friends Around the World.
Thank You for Support.」
と書かれた横断幕を掲げて場内を一周。
世界中に人たちに大震災に見舞われた日本を支援してくれたこと、自分たちがワールドカップに参加してサッカーができること、そしてすべての人々に向けての感謝の気持ち、
「ありがとう」
というメッセージだったが、これは大会中、毎試合行った。
また大会中、なでしこジャパンは試合が終わった直後、試合に出なかった選手がピッチに出て、短時間ながら練習を行った。
「日本は勝利の歓喜の後になぜ再びネジを巻き直すのか?」
と不思議がる海外メディアもいたが、居残り練習でも罰ゲームでもレクリエーションでもなく、次の試合に起用されたときに最高のプレーをするため、そしてレギュラーの座を奪うための真剣な練習だった。
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7月1日、第2戦、メキシコ戦を佐々木則夫監督は
「守備はそれほど強くはないが攻撃になると物おじしないで仕掛けてくるので冷静な対応が必要」
と分析。
選手たちは落ち着いて試合を運び、

前半13分 澤穂希
前半15分 大野忍
前半39分 澤穂希
後半35分 澤穂希

と澤穂希のハットトリック(1試合3得点以上)もあって4対0。
7月5日、第3戦、イングランド戦。
すでに予選突破を決まっている日本は、立ち上がりから、らしくない消極的なプレーを連発。
パワーに対してスピードとパスワークで崩す本来のサッカーではなく、相手にプレッシャーをかけられると焦ってボールを前線に蹴って、奪われるを繰り返し、イングランドに押され、前半15分後半21分に失点し、0対2と完敗。
グループリーグ2位で予選を通過し、決勝トーナメント進出を決めたが、もしイングランドに勝っていれば、4日後に行われる1回戦相手は、自分たちよりランキング下位のフランスだったが、負けたことで過去の対戦成績が0勝1分7敗のドイツになってしまった。
誰もがフランスと戦いたいと思っていたので、口にはしないものの、
「終わった」
と思うメンバーも多かった。
とんでもない相手に、丸山桂里奈もかなり凹んだ。
「ここで勝っていれば次はフランスと対戦だったんですよ。
当時のフランスはそれほど強豪ってわけじゃなかったのに比べて、ドイツはオリンピックでも金メダルを獲っていたし、さらに自国開催のワールドカップでぶっちぎりの優勝候補だったから、強かったです」
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イングランド戦後、チームの空気は一気に悪化。
宿舎の食事会場でドイツチームとニアミスし、
「隣に座ったドイツは、もう勝ったも同然という感じで余裕いっぱい。
一方、こちらは暗ーい雰囲気で会話もまばらに食事をしていた」
そしてなでしこジャパンは、監督の佐々木紀夫が
「内紛寸前」
と心配するほど選手同士が激しく意見をぶつけ合った。
「意見をぶつけ合ったというか、まあ怒られたんです。
せっかくサブ(控え選手)が入っても、流れが変わらない、シュートは打たない.
そりゃ怒りたくもなるって思いました。
みんなイングランド相手に想定と違う戦い方になっちゃったから、サブはサブで『次はしっかり役目を果たそう!』って一致団結したんです。
あそこでサブも吹っ切れた感じでした」
ドイツ国内9ヵ所で行われるワールドカップ。
日本 vs ドイツ試合は、ヴォルフスブルクのフォルクスワーゲン・アレーナで行われ、なでしこジャパンはドイツと同じホテルに泊まっていた。
街中が、もうドイツ優勝みたいな雰囲気だったが、メンバーの1人が
「いいホテルに泊まって、Wi-Fiも使える。
それだけでもよかったと思おう」
というとみんな大笑い。
開き直ったなでしこ21名は、本当はしてはいけないが、
「ホテルを抜け出してケルンの大聖堂に行きました」
そして
「大舞台で開催国をヤッてやろう」
という気になった。
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