70年代のブルース・スプリングスティーン。売れなかった頃でも魂は常に熱く正しかったのです。
2020年8月2日 更新

70年代のブルース・スプリングスティーン。売れなかった頃でも魂は常に熱く正しかったのです。

デビュー当時、全く売れなかったブルース・スプリングスティーンは苦悩していた。もっとも世界的なスターとなってからも苦悩の連続。苦悩の人、ブルース・スプリングスティーンなわけですが、売れなくて苦悩していた頃にスポットを当ててみます。

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ブルース・スプリングスティーン

「ボス」というあだ名を持つミュージシャンは誰でしょう?と聞かれて、矢沢の永ちゃんと即答したそこのあなた、正解です。しかし、それは日本での話ですね。世界的となるとそれはブルース・スプリングスティーンです。
彼の影響力は絶大で、ボスというあだ名にふさわしいものがあります。その素晴らしさは公開中の映画「カセットテープ・ダイアリーズ」でもたっぷりと堪能することが出来ます。
カセットテープ・ダイアリーズ

カセットテープ・ダイアリーズ

脚本:サルフラズ・マンズール、グリンダ・チャーダ、ポール・マエダ・バージェス
原作:サルフラズ・マンズール「Greetings from Bury Park: Race, Religion and Rock N’Roll」
出演:ヴィヴェイク・カルラ、クルヴィンダー・ギール、ミーラ・ガナトラ
87年、イギリスの田舎町ルートン。音楽好きなパキスタン系の高校生ジャベドは、閉鎖的な町の中で受ける人種差別や、保守的な親から価値観を押し付けられることに鬱屈とした思いを抱えていた。しかしある日、ブルース・スプリングスティーンの音楽を知ったことをきっかけに、彼の人生は変わり始める。
因みに、ボスと呼ばれて何もブルース・スプリングスティーンは威張っているわけではないようですよ。あるインタビューで、「ボスはやく金払ってくれよぉ」みたいに、からかわれたニュアンスでボスと呼ばれているんだと答えていました。
さて、そんな彼が本当にボスになるまで、「70年代のブルース・スプリングスティーン」を振り返ります。

アズベリー・パークからの挨拶

ブルース・スプリングスティーンがデビューしたのは1973年。1月5日にアルバム「アズベリー・パークからの挨拶」を、2月23日にはデビューシングル「光で目もくらみ」をリリースしています。
アズベリー・パークからの挨拶

アズベリー・パークからの挨拶

1. 光で目もくらみ
2. Growin' Up
3. アーカンソーの女王
4. 82番通りにこのバスは停まるかい?
5. Lost in the Flood [Explicit]
6. 天使
7. おまえのために
8. 夜の精
9. 都会で聖者になるのはたいへんだ
ブルース・スプリングスティーンは、デビュー当時「第二のディラン」というキャッチ・フレーズでプロモーションされています。シンガーソングライター的な扱いだったわけです。その方が売り込みやすかったということでしょうが、普通にロックですけどね。ポップ感はあまりありませんが。
アルバム収録曲の「都会で聖者になるのはたいへんだ」は、デビッドボウイもカバーしています。ジミと言われると確かにジミではありますが、良い曲ですよ。

It's Hard to Be a Saint In the City (Live at the Hammersmith Odeon, London '75)

アルバムタイトルにあるアズベリー・パークというのは、ニューヨークの南約70キロにある町の名前です。ニュージャジー州に位置し、1874年に公園として開発されました。その後、ボードウォークやパビリオンが設置されビジネスマンや観光客が集まるようになります。20世紀初頭にはひと夏で20万人もの観光客が押し寄せたそうですよ。
1920年代には開発がさらに加速し、カジノやシアター、パビリオンなどが次々と造られました。アズベリー・パークの人口は倍加し、60年代にはニューヨーカーや観光客の人気のスポットとなります。
しかし、70年代に入ると新たに出来た大型リゾート地、アトランティックシティにそのポジションはとってかわられます。
アズベリー・パークからは観光地としての賑わいは消え失せ、地域経済は落ち込み、地元の若者たちは将来の夢や希望を失ってしまいました。そんな時期です。ブルース・スプリングスティーンは、この町で無名時代を過ごしていたんですよ。

アルバムに使われている写真は、実際アズベリー・パークで売られていたポストカードだそうです。このポストカードを使うように要望したのはブルース・スプリングスティーンです。

青春の叫び

1973年9月にリリースされた2枚目のアルバム「青春の叫び」。今改めて聴くと、「第2のディラン」という印象は全く受けませんよ。もちろんシンガーソングライターという印象など微塵もありません。
バックを務めるのは前作同様Eストリート・バンドです。が、ブレイク後とはメンバーが若干違います。
青春の叫び

青春の叫び

1. Eストリート・シャッフル
2. 7月4日のアズベリー・パーク
3. キティズ・バッグ
4. ワイルド・ビリーズ・サーカス・ストーリー
5. 57番通りの出来事
6. ロザリータ
7. ニューヨーク・シティ・セレナーデ
この時点でのEストリート・バンドは、クラレンス・クレモンズ(サックス)、デイヴィッド・サンシャス(キーボード)、ダニー・フェデリシ (キーボード)、ガリー・タレント( ベース)、ヴィニ・ロペス(ドラムス)です。更にコンガとバリトン・サックスの2人がサポートで入ってます。

本作もファーストアルバム同様に当時はヒットしませんでした。ヒットはしませんでしたが、このアルバムは良い曲がてんこ盛りです。
ライブでの定番「ロザリータ」が収録されているわけですが、この曲、最初に聴いたときには誰もが「ズルいっ!」と思ったに違いありません。だって、もう、ロックンロールの美味しいとこどりですからね。ロックンロールの楽しさがこれでもかと詰まってるんですよ。

Bruce Springsteen - Rosalita (Come Out Tonight)

楽曲は良い。ライブとなると更に良い!ブルース・スプリングスティーンの評判は徐々に高まっていきました。高まっていっていたにも関わらず、レコード会社は2枚続けて商業的に失敗したブルース・スプリングスティーンを見限ろうとしていたんですよ。信じられませんね。
レコード会社としては金にならん新人をいつまでもプロモーション出来んという訳です。ブルース・スプリングスティーンを切って、もうひとりの新人を集中的に売り出そうという話が進んでいたと言われています。まったくもって信じられませんね。
もうひとりの新人とは、これまたなかなか目が出なかったビリー・ジョエルです。2人とも大々的に売り出せ!と声を大にして言いたいところですが、それはその後の歴史を知っているから。アメリカのミュージック・ビジネスがいかに厳しいものかということがよく分かるエピソードではあります。

明日なき暴走

「もし3枚目のアルバムがヒットしなかったらレコーディング・アーティストとしてのキャリアは終わる」とブルース・スプリングスティーンは覚悟していたとインタビューで答えています。
それほどまでに追い込まれていたんです。絶対に成功させるという思い。失敗は許されないという思いで、3枚目のアルバムのレコーディングは混乱を極めます。何度も何度も録音し直し、ようやく出来上がったテープを聴いたブルース・スプリングスティーンは破棄して一からやり直そうとしたのだそうです。
プロデューサーを務めたジョン・ランドーに説得され、なんとかアルバムはリリースされます。しかし、この3枚目のアルバムは完璧でした。捨て曲なし。どこをとっても文句なしの名盤。運命のサード・アルバム「明日なき暴走」は1975年8月にリリースされました。
明日なき暴走

明日なき暴走

1. 涙のサンダー・ロード
2. 凍てついた十番街
3. 夜に叫ぶ
4. 裏通り
5. 明日なき暴走
6. 彼女でなけりゃ
7. ミーティング・アクロス・ザ・リバー
8. ジャングルランド
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