生涯わずか2回のツアーしか行わなかったジョージ・ハリスン
2016年12月5日 更新

生涯わずか2回のツアーしか行わなかったジョージ・ハリスン

ツアー嫌いの名にふさわしく、これだけ知名度もヒット曲があるにもかかわらず、ほとんどツアーに出ることのなかったジョージ・ハリスン。最後のツアーとなったのはここ日本。世界中が羨ましがったことでしょう。

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George Harrison

ジョージ・ハリスン

ジョージ・ハリスン

生誕:1943年2月25日
出身地:イングランド リヴァプール
死没:2001年11月29日(満58歳没)
ジャンル:ロック、ポップス、世界。実験
担当楽器:ボーカル、ギター、シタール、キーボード、ピアノ、モーグ・シンセサイザー、ベース、ウクレレ
活動期間:1958年~2001年
ビートルズの一員であり、ビートルズ解散後も多くのヒット曲を放っているジョージ・ハリスン。言わずと知れた存在ですが、そのジョージ・ハリスンはツアー嫌いで、ソロとしては生涯2回しかツアーを行っていないということは、もしかするとあまり知られていないのかもしれません。

人気があり、楽曲もたくさん持っているジョージ・ハリスンが2回しかツアーを行っていないというのは、どう考えても少ないですよね。
キャリアを考えればツアーはもとより、ライブ、人前で歌うこと自体が極端に少ないジョージ・ハリスンですが、そんなジョージ・ハリスンのツアーをご紹介します。

1970年にビートルズが解散し、実質的なファースト・ソロ・アルバムである「オール・シングス・マスト・パス」を同年にリリース。シングル・カットされた「マイ・スウィート・ロード」と共に全米1位をはじめ全世界で大ヒットしています。

The Concert for Bangla Desh

バングラデシュ・コンサート

バングラデシュ・コンサート

1971年12月20日
ジョージ・ハリスンのライブといえば、最も有名なのは「コンサート・フォー・バングラディシュ」でしょう。

ジョージ・ハリスン主催のこのライブは、シタールの師であるラヴィ・シャンカールの要請で1971年12月20日に行われたロック界初の大規模なチャリティー・コンサートです。

エリック・クラプトン、ボブ・ディラン、レオン・ラッセル、リンゴ・スター、バッド・フィンガーなどが参加したこのライブは大成功を収め、ライヴ・アルバムも大ヒットし、1972年のグラミー賞のアルバム・オブ・ザ・イヤーにも輝いています。

と同時に、ボブ・ディランやビリー・プレストンなども入っているとはいえ、ジョージ・ハリスンのライブ音源を収めた貴重な1枚でもあります。
バングラデシュ・コンサート

バングラデシュ・コンサート

1.イントロダクション
2.バングラ・デューン
3.ワー・ワー
4.マイ・スウィート・ロード
5.アウェイティング・オン・ユー・オール
6.神の掟
7.明日への願い
8.ビウェア・オブ・ダークネス
9.バンド・イントロダクション
10.ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス
11.ジャンピン・ジャック・フラッシュ〜ヤングブラッド
12.ヒア・カムズ・ザ・サン
13.はげしい雨が降る
14.悲しみは果てしなく
15.風に吹かれて
16.ミスター・タンブリン・マン
17.女の如く
18.サムシング
19.バングラ・デッシュ
当時、西パキスタンによって抑圧されていた東パキスタン(バングラデシュ)の解放(のちに独立)を謳って、1971年8月1日の昼夜、ニューヨーク、マジソン・スクエア・ガーデンで行われたチャリティ・コンサートのおもに夜のほう(の一部)を収めたライヴ盤。

My Sweet Lord - George Harrison - Concert for Bangladesh

First Tour

ジョージ・ハリスンの快進撃は翌1973年も続き、2枚目となるアルバム「リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」も全米5週連続1位をはじめ世界的に大ヒット。
シングル・カットされた「ギヴ・ミー・ラヴ」もこれまた全米1位となっています。

そんな絶好調の最中に行われたのがビートルズ解散後初となる北米ツアーです。
ソロとしては初めてとなるこのツアーは、26都市45回にも亘るツアーでしたが、マスコミから酷評されてしまいます。
北米ツアー

北米ツアー

1974年
酷評された原因はいくつかありますが、先ずジョージ・ハリスンの体調が万全ではなかったということです。多忙なスケジュールにより声帯を痛めていたため「声が出ていない」と叩かれてしまいます。

このツアー中に制作されていた次のアルバム「ダーク・ホース」で、今となっては貴重なガラガラ声のジョージ・ハリスンを聴くことが出来ます。

そして、オリジナルの歌詞を変え、アレンジも変えすぎたということも不評を買ったようです。
更に、コンサートの中に挟んだラヴィ・シャンカールのセットが長いということも問題でした。多くの観客はジョージ・ハリスンを見に来ているわけですから、分からない話ではありません。

ただ、この時のツアーを観たポール・マッカートニーは後に「言われるほど悪くなかったよ」と発言しています。
自身のヒット曲以外に、ビートルズ時代のジョン・レノンの名曲「イン・マイ・ライフ」をファンキーなアレンジで演奏したりしており、なかなか聴きどころ見どころの多いライブになっています。

一説によるとこのツアーの模様はレコーディングされているらしいですが、正式にアルバムや映像が発売されていないのはとても残念です。

George Harrison-US Tour 1974 (rare!)

Second Tour

最初のツアーの評判が悪かったことでジョージ・ハリスンのツアー嫌いが更に深まり、2度目のツアーが行われたのは、親友エリック・クラプトンと彼のバンドを従えた1991年のジャパン・ツアーになります。

ビートルズ以来25年ぶりの日本公演であり、17年ぶりのコンサートツアーとなったこのジャパン・ツアーは結局ジョージ・ハリスン最後のツアーになってしまいました。

中ほどで披露されていたエリック・クラプトンのコーナーはカットされているものの、このライブの模様は1992年にリリースされたアルバム「ライヴ・イン・ジャパン」で聴くことができます。
1ステージほぼ収録されたジョージ・ハリスンのライブ音源が正式に残されたことは大きい。
十分に楽しめます。
ライヴ・イン・ジャパン

ライヴ・イン・ジャパン

1.アイ・ウォント・トゥ・テル・ユー
2.オールド・ブラウン・シュー
3.タックスマン
4.ギヴ・ミー・ラヴ
5.恋をするなら
6.サムシング
7.美しき人生
8.ダーク・ホース
9.ピッギーズ
10.セット・オン・ユー
11.クラウド・ナイン
12.ヒア・カムズ・ザ・サン
13.マイ・スウィート・ロード
14.過ぎ去りし日々
15.チアー・ダウン
16.デヴィルズ・レイディオ
17.イズント・イット・ア・ピティー
18.ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス
19.ロール・オーバー・ベートーヴェン

George Harrison - Give Me Love (Live in Japan)

1991年12月11日以降の大阪2公演、東京3公演の中から12月15日東京公演を中心に各公演のベストトラックが収録されています。
19曲中12曲が15日東京公演、3曲が12日大阪公演、(サムシング他)2.5曲が17日東京(オールドブラウン~他)
14日東京からはホワイルマイギターの前半のみ0.5曲
11日大阪から2曲(恋をするなら他)というの構成のようです。
1991年12月

1991年12月

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