魂の走り『森下広一』マラソン3戦目で五輪銀メダルを獲得した天才ランナー
2017年1月1日 更新

魂の走り『森下広一』マラソン3戦目で五輪銀メダルを獲得した天才ランナー

バルセロナ五輪の男子マラソン銀メダリスト、森下広一。 今も語り継がれる中山竹通とのデッドヒート。 バルセロナ五輪で金を逃したモンジュイックの丘での駆け引き。 気持ちを前面に出したケンカ走法でマラソン3戦目で五輪メダリストとなった天才ランナー森下の功績と現在について紹介。

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優勝候補の一人、谷口が転倒により脱落。

迎えた8月9日、バルセロナオリンピック男子マラソン。

森下と同じ旭化成に所属する谷口は、20km過ぎの給水地点で後続選手に左足シューズの踵を踏まれて転倒し、さらにシューズが脱げて履き直すアクシデントに見舞われ優勝争いから脱落。
中山も先頭集団から脱落、先頭集団は3人となり、さらに1人脱落。
35km地点で、トップは森下と韓国の黄永祚(ファンヨンジョ)。
二人の一騎打ちになった。

勝負の明暗を分けた『モンジュイックの丘』

38キロ地点から世界中を釘付けにした戦いが始まった。
そこは『モンジュイックの丘』と呼ばれ、3km続く急な登りとその後の急な下りはコース隋一の難所だった。

森下は、『モンジュイックの丘』では並走し、最後の競技場でトラック勝負をしようと考えていた。
だが、黄は森下の息が荒いことに気付き、下りに差し掛かると突如スパートをかけた。

意表を突かれた森下は付いていくことができなかった。
引き離された森下はそのまま黄に続いて2位でゴール。

【動画】バルセロナオリンピック男子マラソンの激闘

26kmぐらいからの映像
(24:07)
五輪マラソンで男子がメダルを獲得したのは、1968年メキシコオリンピックでの君原健二の銀以来24年ぶりの快挙であった。

だが、宗茂は「なんで銀メダルなんだという悔しい気持ちの『ご苦労様』とだけ言葉をかけた」と後に語っている。
また、森下も「勝てるはずのレースに勝てなかった。今でもあのスパートをかけられるシーンは見たくない。」と話している。
対照的だったゴールシーン

対照的だったゴールシーン

女子マラソンで銀メダルと獲得した有森裕子と対照的なゴールシーンであった。
金メダルを逃し落胆の表情を浮かべる森下と、満面の笑みで銀メダル獲得を喜ぶ有森。
ゴール後に倒れる森下広一

ゴール後に倒れる森下広一

精魂尽き果てゴールした森下は、その場に倒れ込んだ。
ここまで自分を追い込む森下の走り方は、自身の体と心を大きく疲労させ後の低迷に繋がっていく…
最終的な順位は、中山竹通がソウルに続き4位入賞。
転倒で後れを取った谷口も挽回し、8位入賞を果たした。

同じ旭化成に所属する先輩の谷口は「森下をずっと隣で見てきていた。金メダルを取るのは森下だろうと思っていた。森下を抑えられれば自分が金メダルを取れると思っていた。」と語り、「僕がちゃんと走っていれば、森下の優勝をアシストできたのに」と悔しがった。
銀メダルを手にする森下広一

銀メダルを手にする森下広一

悔いが残った銀メダルであったが、その感情を押し殺し報道陣の前では笑顔で銀メダルを手にした。

将来を期待されたが二度とマラソンを走ることなく、引退。

金メダルを逃したとはいえ、日本に24年ぶりのメダルをもたらした森下はまだ24歳。
次のオリンピックも十分現役で活躍できる年齢であり、バルセロナオリンピック後に一線を退いた中山の後を継ぎ日本マラソン界を引っ張る最有力候補として期待された。

だが、精神力によって小さな体を限界まで酷使する森下の走りに、肉体は耐えていけなかった。
長年故障の克服に挑み続けたが、ついに4度目のマラソンを走ることなく1997年8月、29歳で現役を引退した。


怪我に泣かされた森下だが、精神面の弱さがバルセロナ以降に低迷した要因だと自らを語っている。

「内面の問題、周囲の環境をうまく処理しきれなかった自分が弱かった」

「バルセロナの後、僕は強かった時の自分をずっとイメージしていて、それで失敗したんですよ。
この時期だったらこういう練習をこなさなきゃならない、でもそれができなくてイライラして、プチッと気持ちが切れて練習をやらなくなったり。その繰り返しでした。
しかも周囲からはちやほやされる。
『森下を食事に連れてきた』と言うと相手に喜ばれるような時期で、僕もそういう誘いを断ればいいのに断らなかった。」
「それで体調を崩していって、スタミナがつかず練習に集中できないという悪循環を招く。
水泳の北島康介がすごいなと思うのはそこですよね。
オリンピックで2度勝つというのは本当に難しい。
ある苦しい段階をもう一回、練習で乗り越えなきゃいけないとわかっているけど、知っているからこそ怖くてやれない。
『この体調じゃ無理だ』と諦めに走ってしまう」
「本当は土台からもう一度ちゃんと造っていかなくちゃいけないのに、その土台を造らず、山の中腹くらいのレベルならいつでも走れるよと思っていて、そこを目指す。目指すけれどやっぱりダメで、どんどん目立たなくなって、それでも『森下ならこれくらい走るだろうね』と期待もされる。
そうした内面の問題、周囲の環境をうまく処理しきれなかった自分が弱かったなと思います。」
どんなに苦しい状況でも歯を食いしばって食らいついていた森下が語るセリフとは思えなかった。
しかし、自分を極限まで痛めつける走法のダメージと、オリンピックでメダル獲得の影響力は、あの森下を変えてしまうほどなのかもしれないとも感じた。

森下広一の全マラソン成績

 
年月 大会名 タイム 順位 備考
1991年2月 別府大分毎日マラソン 2:08:53 優勝 初マラソン日本最高
1992年2月 東京国際マラソン 2:10:19 優勝 バルセロナ五輪代表選考会
1992年8月 バルセロナオリンピック 2:13:45 2位 五輪銀メダル獲得
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