イベンダー・ホリフィールド  戦慄の忍耐力 オリンピック の悲劇  そしてヒーローに
2024年2月18日 更新

イベンダー・ホリフィールド 戦慄の忍耐力 オリンピック の悲劇 そしてヒーローに

幼き日の聖書的体験。アメリカンフットボールとボクシングに熱中した少年時代。マイク・タイソンとの出会い。そしてオリンピックでの悲劇。

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イベンダー・ホリフィールドは、中学卒業後、高校に進学。
プロフットボール選手になるためには、高校と大学で活躍しなければならなず、アトランタファルコンズに入り、43番、デーブ・ハミルトンと一緒にプレーするのが夢だったイベンダー・ホリフィールドは、フルトン高校のレッドパーズの選考試験に合格すると、ボクシングはやめ、すべての練習に参加した。
シーズンに入ると毎週末、試合があったが、5フィート4インチ(162.56cm)、115ポンド(52.163kg)と体が小さいイベンダー・ホリフィールドが出してもらうことはなかった。
仲間がグラウンドで奮闘しているのをベンチで眺めるのは苦痛だったが、それでも出場をあきらめずに集中して相手チームの弱点を探し続け、練習でも大きな相手にタックルを決めるなどしてアピールした。
しかしそれでも試合に出させてもらうことはなかった。
「面白くない」
ベンチを温めれば温めるほどアメリカンフットボールに対する情熱は冷め、残るシーズンが3週間になったとき、家で母親に
「フットボールをやめる」
といった。
「なんだって?」
「やめるんだよ」
「どうして?」
「精一杯やったんだ。
もうこれ以上は無理だ。
できることは全部やった。
それでもダメなんだ。
プロになりたかったんだけど体が小さすぎるっていうんだよ。
だからやつらはオレをベンチに座らせておくんだ。
そんなの時間の無駄だよ」
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母親は、
「やり始めたことは最後までやり遂げないとどうなるかわからないの?
チャンスを待つんだ。
チャンスが来るまでジーっと待つんだよ。
そしてチャンスが来たら、つかんで、絶対に離さないようにしなくちゃダメ。
体の大きさとか、見た目とかで決めつける人はいつもいる。
それが不公平なことは私もわかる。
だけど覚えておいて。
人は外見でみるかもしれないけれど神様は心をご覧になって判断を下される。
大事なのはお前の心なんだよ。
やめちゃいけない。
(手術の跡が残る胸を指しながら)大切なのはここ。
やめちゃいけない。
悪いことの中に良いことを見つけるんだ。
シーズンの最後までやりなさい。
全部の試合に出るつもりで一生懸命練習するんだ。
そうすればチャンスが来たときに、それがつかめる。
しっかりつかんで離さないで」
と諭し、イベンダー・ホリフィールドは、いわれた通りにした。
その後も控え選手のままだったが我慢し、練習も欠かさなかった。
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「良いこと」は、シーズン最後の試合の第4クォータについにやってきた。
リードしているレッドパース対して相手が攻撃を行う場面で
「入れ」
といわれ、ポジションについた。
そして相手のクォーターバックがボールをフルバックに渡すフリをしてからハーフバックに投げるのをみると突進。
相手ハーフバックの両脚にショルダータックルを決めた。
次の攻撃で、相手フルバックが味方のラインを突破。
イベンダー・ホリフィールドは、突っ込んでくる自分よりはるかに大きい相手に対し、頭を下げ、脚に両手を巻きつけてねじ伏せた。
残り時間も、断固として自分の縄張りへの侵入を許さなかった。
こうして秋にアメリカンフットボールのシーズンは終了。
もう1年ベンチを温めるつもりはないイベンダー・ホリフィールドは、冬が来る頃には、ボーイズクラブの「カーター・モーガン・ボクシングチーム」ボクシングリングに戻った。
ファルコンズの夢は捨てがたかったが、体が小さくても夢が実現可能なボクシングはやりがいのあり、アメリカンフットボールの夢を失った絶望を癒すためにもうってつけだった。
60歳を過ぎたモーガンは、イベンダー・ホリフィールドの発達した筋肉に不屈の決意がみなぎっていることを感じた。
「改心して戻ってきやがったな」
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イベンダー・ホリフィールドとカーター・モーガンは、まずは州南東部地区でトップになることを目標に挑戦を開始。
全国の各地域で

ライトフライ 49㎏以下
ライト級106ポンド 49㎏
バンタム級119 52㎏
フェザー級125 54㎏
ライトウエイト132 60㎏
ライトウェルター141 64㎏
ウエルターウエイト152 64㎏
ミドル165ポンド 69㎏
ライトヘビー75㎏
ヘビー201 81㎏
スーパーヘビー 91㎏以上

の各階級のトーナメントが行われ、勝てばリージョナル(地域)ディビジョン、ステート(州)ディビジョンと進んでいく。
そして最終的な頂点は、全米ナンバー1、ナショナルチャンピオンだった。
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「明日はない」
が口癖のカーター・モーガンは、毎日、激しい練習メニューを課した。
ボクシングの技術を教えがらも
「戦いは10%の肉体と90%の精神」
と精神力の重要性を強調した。
イベンダー・ホリフィールドは、かつて母親が長くツラい1日を終えた後、ため息まじりで
「肉体は弱っても精神には力があるんだよ」
といっていたのを思い出し、
「どんな困難にも耐え抜こう」
と決めた。
毎朝、走り、学校にいって授業を受け、その後はボクシング。
朝の6時に通りを走る姿をみた同級生から
「透明人間にパンチ食らわせながら走ってる」
「イカれてんのか」
「何のマネだ」
とからかわれることもあったが相手にしなかった。
人との義理を欠こうと夢を胸に秘めボクシングを続け、学校では目立たなかった。
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初試合は16歳のときだった。
黒いトランクス、規定のヘッドギアとグローブ、「カーター・モーガン・ボクシングチーム」と入ったタンクトップを身につけた67㎏のイベンダー・ホリフィールドは、ロープをくぐってリングに上がり、1R KO勝ち。
その後、数試合、相手を次々と片づけて、準決勝に進出。
相手のジャッキー・ウィンターズをみたとき、
「自分より大きくない。
ソワソワして自信がなさそう」
と思った。
1、2ラウンドとポイントで上回り、順調だったが、3ラウンド、一瞬、前触れもなく頭の横で大きな音がして、衝撃を感じると共に倒れていく自分をどうしようもできずにダウン。
レフリーは、腕を振りながらカウント。
カーター・モーガンは、ロープをつかみながら大声で
「立て!
根性をみせてやれ!
グローブを上げろ!
明日はないぞ!
立つんだ!
起きろォー!!」
イベンダー・ホリフィールドはノロノロと動き始め、やがて力強く立ち上がった。
ジャッキー・ウィンターズはトドメを刺そうと襲いかかり、ガードを固めるイベンダー・ホリフィールドと交錯。
クリンチ状態になり、イベンダー・ホリフィールドはマウスピースを吐き出して相手の肩を噛んだ。
ジャッキー・ウィンターズは、その痛さでクリンチを解いて後退。
ここでゴングが鳴った。
イベンダー・ホリフィールドは足を引きずりながら自陣のコーナーへ戻り、イスに座り、下を向いた。
(ヤロウ、見かけよりタフだな)
ジャッキー・ウィンターズのパンチより自分が初めてダウンをしたという事実の方がショックだった。
そして
(自分が最も嫌っている他人の行動を自分もやってしまった。
愚かだ)
と相手を外見だけで判断してしまったことを悔やんだ。
カーター・モーガンは、下を向いて物思いにふけるボクサーをみて
(自分のことや自分の評判のことばかり考えて試合のことを考えていない。
自分を憐れむのがすべての大失敗の原因だ)
と思い、気合を入れた。
「済んだことは済んだことだ。
考えるな。
先のことに目を向けろ。
問題は今だ。
次のラウンドなんだ。
明日はないんだ!
自信がないんならいくら考えたって仕方がない。
信念を持てば何も考えることはないんだ。
行け!
やっちまえ」
イベンダー・ホリフィールドはスッキリした顔で力強くうなずいた。
その後、試合は一進一退。
イベンダー・ホリフィールドは足元がフラついて判断が狂うのは初めてだったが、勇気と粘りを発揮して戦い抜いた。
そしてスプリット(ジャッジによって勝敗が分かれた)で判定勝利。
イベンダー・ホリフィールドといえば
「決してあきらめないボクサー」
として有名だが、初ダウンを喫したこの試合が、そのデビュー戦となった。
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この頃、家は、多くの兄や姉が出ていき、祖母、母親、兄のバーナードと4人暮らしだった。
そしてバーナードも高校卒業後、陸軍に入隊したため、家が3人になるとイベンダー・ホリフィールドは、自分の部屋を手に入れた。
準決勝同様、決勝戦の相手、ロックデール群のセシル・コリンズも強敵にはみえなかったが、イベンダー・ホリフィールドは、
「何事も何物も何人も見かけ通りに受け取らない」
と慎重に心をコントロールしつつ、自信満々で試合に挑んだ。
1R、ゴングと共に2人は中央で激突し、ラウンド終了まであまり動かずに打ち合って好勝負を展開。
ジャッジのポイントは全く互角だった。
2R、イベンダー・ホリフィールドは、一気に出て懐に入って、大きなフックでセシル・コリンズをフラつかせた。
その手応えに満足し、間を置いた瞬間、セシル・コリンズがよろめきながら放ったフックをアゴにもらった。
これまで1発で決め、打ち返されたことがなかった自分のパンチが利かなかったことにショックを受けたイベンダー・ホリフィールドは、ラウンドが終わってコーナーに戻るとカーター・モーガンに
「アイツ、殴ったら殴り返してきました!」
「そうだな。
ようこそ、ボクシングへってなもんよ。
ところでやっつる気はあるのか?
あの白いヤツに勝たせる気か。
行け。
ヒドい目にあわせてこい」
3R、イベンダー・ホリフィールドは突進。
相手の腹に1発入れると、セシル・コリンズも打ち返してきた。
乱打すれば乱打され、パンチの応酬が続き、イベンダー・ホリフィールドはたまりにたまった欲求不満が爆発。
セシル・コリンズを抱えてリングに放り投げてしまった。
かけつけたレフリーは2人を引き離し、イベンダー・ホリフィールドに
「失格」
と言い渡し、セシル・コリンズの手を上げて勝利を宣言。
コーナーに戻ったイベンダー・ホリフィールドに、カーター・モーガンが
「何やってるんだ!」
と怒ると
「ヒドい目にあわせてこいっていったでしょ?」
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セシル・コリンズとの再試合が決まるとイベンダー・ホリフィールドは
「汚名をそそぐ」
と勝利の決意を新たにしたが、結果は判定負け。
イベンダー・ホリフィールドは泣きそうになり、子供の頃、自分に殴られて泣いた相手の気持ちが初めてわかった。
カーター・モーガンは、
「世の中、タダのものはないんだ。
何かを手に入れたかったら、それに代わるものがいる。
どうしても欲しければ、それに見合うことをするんだ。
お前はコリンズに勝ちたいんだろ?
それなら努力しないといかん。
努力してこそ褒美があるんだ」
これ以上、どうしたらいいかわからなかったイベンダー・ホリフィールドは、その言葉を聞いて、
「この窮地から自分を救い出せるのは自分しかない。
最大の障害は自分だ」
と気づいた。
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「人間は不思議なことに、良くなるとわかっていながら、それをしようとしない。
苦しいことが良い結果をもたらすとわかっていても、何とかしてその不快さを逃れようとする
世界チャンピオンになるためには、まずよりはるかに困難なこと、すなわち自分を征服しなければならない。
自分を征服することは世界チャンピオンになるより難しく、自分を征服してこそ、チャンピオンになれる」
悟ったイベンダー・ホリフィールドは、より練習の虫と化した。
早朝のランニング、高校の授業、ボクシングの練習と肉体的トレーニング。
1日が終わって体を休めるときも心は戦わなければならなかった。
深夜、自分の部屋で1人でいると勝ち名乗りを受けるセシル・コリンズの姿が浮かんでくる。
心は何度も敗北のシーンを再現し、答えのない疑問を繰り返し、一種の不眠症となった。
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何度も記憶を巻き戻し、勝利の手がかりを漁る中、祖母が教えてくれた旧約聖書のダビデとゴリアテの戦いの話も思い出した。
それは10代の羊飼いの少年、ダビデは、自分の鎧や兜を貸してやろうといいう王様の申し出を辞退し、石投げ器と5つの滑らかな石、羊飼いの杖を持って、鎧と槍と剣と盾を身につけた巨人、ゴリアテと対峙。
そして素早くゴリアテに向かって走り、石投げ器の石1発でゴリアテを倒した。
イベンダー・ホリフィールドは無意識に妨げとなる雑音を締め出し、自分がやるべきことに集中しようとした。
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