【蒲田行進曲】第6回(1983年度)日本アカデミー賞を振り返る!【平田満】
2021年11月21日 更新

【蒲田行進曲】第6回(1983年度)日本アカデミー賞を振り返る!【平田満】

1983年と言えば、東京ディズニーランドが開園した年。ファミコンが発売されたり、インターネットが開始したりと、日本に新しい楽しみがもたらされた年であった。そんな1983年の日本アカデミー賞を振り返ってみよう。

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風間杜夫は東京都世田谷区出身。子役から芸歴をスタートし、少年雑誌の表紙を飾るほどの売れっ子になったが、「俳優を一生の仕事にするなら、子役の仕事をやめた方がいい」という米倉斉加年の言葉に従い、13歳で劇団を退団している。

本作『蒲田行進曲』に銀四郎役で出演したことによって顔が広く知られるようになった。テレビドラマ『スチュワーデス物語』の村沢浩教官役でも人気を集める。
優秀助演男優賞は以下の通り。

あおい輝彦(大日本帝国)
泉谷しげる(赤い帽子の女、野獣刑事)
柄本明(疑惑、道頓堀川、男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋、セーラー服と機関銃)
鹿賀丈史(疑惑)

最優秀助演女優賞:小柳ルミ子『誘拐報道』

小柳ルミ子は福岡県福岡市出身。歌手デビューした「わたしの城下町」で大ヒットを記録し、第13回日本レコード大賞最優秀新人賞を獲得した。アイドル卒業後も歌手、女優として活躍。

『誘拐報道』では、身代金を要求する古屋数男の妻である古屋芳江役を演じ、キネマ旬報賞 助演女優賞も獲得している。
小柳ルミ子

小柳ルミ子

優秀助演女優賞は以下の通り。

秋吉久美子(誘拐報道、制覇、凶弾)
加賀まりこ(道頓堀川、ダイアモンドは傷つかない)
中井貴惠(あゝ野麦峠・新緑篇、制覇)
山口美也子(さらば愛しき大地)
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『蒲田行進曲』は、1982年公開の日本映画。つかこうへいの戯曲を自身が映画向けに脚色、監督は深作欣二。松坂慶子、風間杜夫、平田満らが出演したこの作品を無料視聴できる動画配信サービスをご紹介します。

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