高校野球史に残る名勝負~1991年・夏~松商学園対四日市工
2016年11月25日 更新

高校野球史に残る名勝負~1991年・夏~松商学園対四日市工

高校野球史に残る名勝負をいくつか紹介しています。ここでは、1991年夏の大会。松商学園対四日市工戦をとりあげます。大会屈指の好投手上田佳範と井手元健一朗の投げ合いとなったこの試合は延長16回に及ぶ死闘となりました。

5,688 view

甲子園のスター・上田佳範選手

1991年の選抜高校野球大会が開催された時、上田佳範選手はまだ全国区の選手ではありませんでした。長野県の名門・松商学園のエースとして、この年の選抜大会で初めて甲子園の土を踏んだ上田佳範選手は、初戦で愛知県代表・愛工大名電高校と対戦し、3-2で勝利します。ちなみにこの時の愛工大名電高校のエースはあのイチロー選手でした。上田選手は、投手・イチロー選手からタイムリーヒットを放ち、打者・イチロー選手をノーヒットに抑えたのです。

愛工大名電対松商学園

出典 youtu.be
以後、上田選手は天理高校、大阪桐蔭高校、国士館高校という強豪チームを3試合連続完封。35イニング連続無失点という大記録を打ち立て、チームを決勝に導きます。この無失点記録は、初回に内野ゴロの間に1点を取られて途切れ、試合は下の動画の様にもつれにもつれていきます。

選抜大会での敗戦を語る上田佳範選手

出典 youtu.be
春の選抜大会、決勝戦で降板し、ライトに回った上田選手の頭の上を打球が通りすぎて松商学園の春は終わりました。この借りを返す為、同年夏の大会、甲子園に再び上田選手は戻ってきます。春の選抜大会開始時点ではまだ全国区とは言えなかった上田選手ですが、夏の大会では各校からマークされる存在になっていたのです。
表紙を飾る上田投手(松商学園)

表紙を飾る上田投手(松商学園)

春の借りを返しに

甲子園に戻ってきた上田佳範選手は好投。初戦の 岡山東商戦を6-2。八幡商戦を松商学園8-3と退け、3回戦で 三重県代表・四日市工と対戦します。この試合が延長16回の死闘となり、高校野球史に残る名勝負として語り継がれていくのです。
試合は、上田佳範選手と、四日市工の井手元健一朗選手の投手戦で進んでいきます。均衡が破れたのは5回表。四日市工が2死3塁から、2ランホームランと井手元選手のタイムリーヒットで3点を先制します。井手元健一朗投手に完璧に抑えられていた松商学園が反撃に出たのは7回裏でした。連続ファーボールをきっかけにチャンスを掴み、一挙3点を挙げて同点に追いつくのです。

松商学園vs四日市工戦

出典 youtu.be
試合は9回で決着が着かずに、そのまま同点で延長戦に突入。その後両チームともにチャンスは掴むものの、あと1本が出ずにゼロ行進が続きます。しかし延長16回ウラ松商学園の攻撃で、1死満塁から上田選手への初球(井手元選手がこの試合で投げた238球目)が、上田選手の利き腕となる右肩に当たってデッドボールとなり、押し出しのサヨナラ勝ちで松商学園が勝利を収めるのです。

激闘、その後

こうして、延長16回の死闘を制した松商学園でしたが、決着の場面で上田投手がデッドボールを受けた右肩の箇所はボールの縫い目がはっきりとわかるくらいのひどい状態になっていました。それでも上田選手は監督に直訴して、翌日の準々決勝の対星稜高校戦に登板します。試合は星稜に2-3で惜敗。上田選手はこの2試合で(正確に言えば24時間の間に)328球を投げています。それでも上田選手は「右肩は痛くないと言えばウソになるが、それを負けた理由にはしたくない」と、四日市工戦のことを一切言い訳にはしなかったのです。

1991年夏ベスト8の激闘

出典 youtu.be
ちなみにこの時、星稜高校には当時2年生だった松井秀喜選手がいました。松井秀喜選手は後に著書の中で「野球人生で初めて壁を感じて大きな影響を受けたのがこの上田さんとの対戦だった」と記しています。(1990年秋の北信越大会とこの第73回選手権大会で対戦)

1991年ドラフト候補 高校生

出典 youtu.be
春の選抜大会に続く大活躍で、この年のドラフトの目玉となった上田選手を獲得したのは、日本ハムファイターズでした。投手として指名されたのですが、肩の怪我により1993年から外野手へ転向。1995年に初めて一軍に昇格し、106試合に出場、49安打を記録。1997年には規定打席にも到達し打率3割をマークしています。その後度重なるケガや不振の為レギュラー定着とはいかず、2005年のシーズンオフに日本ハムから戦力外通告を受けるのですが、かつて日本ハムで共にプレーした落合博満が監督を務める中日ドラゴンズと契約。2008年まで現役でプレーします。
上田選手(日ハム時代)

上田選手(日ハム時代)

プロに入ってから外野手に転向した上田選手ですが、投手出身の強肩と好守には高い評価をされていて、現役引退後すぐの2009年から二軍外野守備走塁コーチへ就任。その後2015年まで中日、2016年度から横浜DeNAベイスターズの一軍外野守備走塁コーチを務めています。
上田投手と延長16回の死闘を演じた井出元投手も1991年のドラフト5位で中日に入団。主に左のワンポイントやリリーフ投手として起用されたのですが、怪我が重なり本来の力は発揮できず、1999年10月に戦力外通告。入団テストを受けてより西武ライオンズに移籍するものの翌2000年オフに再び戦力外通告を受けて退団します。
22 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

高校野球史に残る名勝負~1977年・夏~東洋大姫路対東邦

高校野球史に残る名勝負~1977年・夏~東洋大姫路対東邦

高校野球史に残る名勝負をいくつか紹介しています。ここでは、1977年夏の大会決勝。東邦対東洋大姫路戦をとりあげます。東邦高校の一年生エース坂本圭一投手と東洋大姫路高校松本正志投手の投げ合いとなったこの試合の結末は劇的なものとなりました。
和尚 | 5,781 view
甲子園で積み重ねた一勝!老獪な名将達!最多勝利は誰だ!?

甲子園で積み重ねた一勝!老獪な名将達!最多勝利は誰だ!?

全国で甲子園を目指し、日夜練習に励む球児達。その彼らをまとめ、勝利に導く監督がいる。また、甲子園に何度も出場し、着実に勝利を重ねた高校には名将と呼ばれる策士が存在する。勝利数トップ5の名将を特集!
ひで語録 | 9,711 view
【非情の幕切れ】1998年夏の甲子園で生まれた【サヨナラボーク】

【非情の幕切れ】1998年夏の甲子園で生まれた【サヨナラボーク】

1998年夏の全国高校野球大会は後に「松坂世代」と呼ばれる名選手達がしのぎを削った大会である。そんな中、試合開始前はさほど注目されていなかった、豊田大谷対宇部商業戦は高校野球史に残る「サヨナラボーク」という幕切れとなる…。
和尚 | 4,532 view
ミドルエッジ世代の印象に残る選手は誰?かつての激闘をまとめた「甲子園 運命の一球」が好評発売中!

ミドルエッジ世代の印象に残る選手は誰?かつての激闘をまとめた「甲子園 運命の一球」が好評発売中!

株式会社エイ出版社より、100回の歴史的な節目を迎える2018年全国高校野球選手権大会の激闘をまとめた『甲子園 運命の一球』が現在好評発売中です。かつての甲子園でのスター選手も振り返ってみましょう!
隣人速報 | 663 view
タッチに登場する喫茶店「南風」のナポリタンがお弁当に!甲子園の第100回記念にあだち充のコラボ弁当が登場!

タッチに登場する喫茶店「南風」のナポリタンがお弁当に!甲子園の第100回記念にあだち充のコラボ弁当が登場!

阪神甲子園球場は、8月5日(日)から開催される第100回全国高等学校野球選手権記念大会期間において『タッチ』の明青学園が舞台の『MIX』及び、TVアニメが現在放送中の『MAJOR 2nd(メジャーセカンド)』とのコラボ弁当を販売することを決定しました。
隣人速報 | 880 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト