西川のりお  それは高3の夏休み、同級生からの1本の電話で始まった。
2023年8月21日 更新

西川のりお それは高3の夏休み、同級生からの1本の電話で始まった。

西川のりおの師匠は、なんと西川きよし。超マジメで超厳しいが一生ついていきたいきよし師と超メチャクチャで超面白い、でもついていけないやすし師。強烈な師匠に挟まれ、育まれた過激な弟子時代。

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踏切を渡った後もインアウト、アウトインを繰り返し、なんとか出番前になんば花月付近に到着。
横山やすしは車を飛び降り、
「駐車場に入れといてくれ」
といって走っていった。
西川のりおが駐車した後、降りてみてみるとブルーバードSSSの天井がVの字に陥没していた。
遮断機が当たったのだと思うと、改めて恐怖を感じた。
花月の中に入ると
「ご苦労様です」
と楽屋の鏡の前で田中に衣装を着せてもらっている西川きよしにアイサツ。
「なんか変わったことなかったか?」
「別に変ったことなんかなかったよな、北村君」
横山やすしにいわれ
「はい」
「正直にいいや」
「なんにもないっちゅうねん。
この男、ホンマ刑事みたいやろ。
舞台終わったら、また運転頼むわな」
「無理なことさせんといてや」
「OK」
横山やすしは軽くいって指で丸をつくった。
西川のりおは、横山やすしとの間に秘密ができたことを悟った。
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舞台が終わり、いつも通り、西川きよしよりも早く着替えた横山やすしは、
「キー坊、お疲れさん。
北村君、行こ」
西川のりおは、横山やすしについていきながら、西川きよしが田中と楽し気に話すのをみて嫉妬。
そして天井がVの字型に凹んだブルーバードSSSを夜のネオン街へと走らせた。
「ストップ、ここで止めて。
あの向かいにある駐車場に入れて、君もおいで」
いわれた通り、車を停めてからミナミのラウンジに入ると横山やすしはソファーで女性を口説いていた。
「この女、ナニ値打ちつけとんじゃ。
天下の横山やすしが今晩どうやいうとんねん」
「もう。
酔うていうてるんちゃうの」
女性に肩を叩かれたり押されたりしても、怒りもせずに
「今晩エエやろ」
とニヤついている横山やすしに
(笑とるけど目は完全にマジや)
そして
「そこの隅座って好きなもん注文し」
といわれ、カウンターへ。
するとママらしき女性がやってきて
「お弟子さん、やっさん付いてたら大変やろ。
あの人、無茶苦茶なこといいはるから。
そやけどやっちゃん、突破やけどものすごー気のエエ人やから。
ほんで裏表がない人やから、我慢したってな」
ママがつくってくれたおにぎりを食べていると
「北村君、行こか」
という声が店中に響きわたり
「ハイッ」
と返事し、やすしと一緒に外へ出ようとすると、後ろからママに
「北村君、大変やと思うけどがんばりや」
といわれ一礼。
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駐車場に行こうと前をみると、やすしは女性と腕を組んでいて
「北村君、車出して」
後部座席に2人を乗せて、発進。
横山やすしは女性の膝に寝転んで口説き続けていたが、女性に
「ダメ。
まだやっちゃんのこともろくすっぽ知らんのに、そんなん、今日会って今日はダメ。
だからまた今度ね。
焦らんといて。
女ってすぐってわけにはいかへんの。
だから今日は帰る」
とハッキリ断られると
「なんもさせへんくせに何エラそうなことぬかしとんじゃ。
クサレ女。
もうエエ。
ここで降りさらせ」
と豹変。
「北村、そこで停めえ。
この女降りるから」
西川のりおは、初めて『北村君』から『北村』になったこと、そして交差点の真ん中であることに驚愕。
「早よ、降り」
といわれ、女性は
「もうメチャクチャやな、アンタいう人は」
といいながら降車し、クラクションの嵐の中、道路を渡っていった。
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「堺に飲みに行くから、早よ阪神高速上がれ」
怒りまくっている横山やすしに、西川のりおは
(サスペンスを通り越してホラーだ)
と思いながら運転。
「まだ上り口はないのか」
イラつく横山やすしに
「ハイッ、阪神高速の入り口は千日前越えんとないです」
と答えたが
「そこにあるやないか」
それは道頓堀出口だった。
「あれは出口ですけど」
「そやったらバックで入らんかい」
「・・・・・・」
「俺が誘導したるから、その通りやれ」
西川のりおは仕方なく高速道路の出口に向かった。
「よっしゃ、アクセル思い切り吹かしながら左寄れ。
それやったら後ろから当てられる可能性低いから」
指示に従いながら、なんとかバックで高速道路に上がり、進行方向に向かって前進。
「みてみい。
タダで高速乗れたやろ」
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堺に着くと横山やすしは行きつけのスナック2軒で口説きまくったが空振り。
「北村、帰るぞ」
といわれて再び運転。
5㎞ほど走り、横山やすしの家の到着したのは夜中の1時。
西川のりおは、テレビに出ているスターにして決して大きいとはいえない、住宅地に建つ普通の家だったのでビックリ。
「よう子、帰ったぞ。
キー坊の弟子の北村君に運転してもらって送ってもらったんや」
といわれ、出てきた奥さんが、特別美人ではない、ごくごく普通の女性だったのも意外で、
「エライいすみません。
この人ムリなことばっかりいうて、きっと迷惑かけたと思います。
本当にすみません。アンタ、
ありがとうございました」
と非情に腰が低い人だったことにも驚いた。
横山やすしが
「北村君、今日俺の家に泊まれ」
というと奥さんは、中に招いてくれながら
「この人、急に泊まれいうてもねえ。
帰らんで大丈夫ですか?」
と気遣ってくれた。
通されたのは6畳くらいの応接間で、ボートレースのカップや写真が飾ってあった。
「日本ダービーのビデオはどこあんねん」
ビールの入ったコップを持った横山やすしがいうと奥さんは、
「アンタ、こんな夜中にビデオなんか観たら近所迷惑になるから」
「なにいうてるねん。
俺は名誉市民やぞ。
誰が文句ぬかしよるっちゅうねん」
ビデオがデッキに入れられると、競艇の映像が画面に映ると共に、スピーカーから耳をつんざくようなエンジン音。
「痺れるやろ。
このエンジン音が男の夢や。
ロマンやでえ」
横山やすしは、ビデオに負けない大声を出しながらビールをあおった。
やがてソファーの上で寝てしまうと、奥さんは
「カシャッ」
とすぐにビデオを取り出し、西川のりおに
「本当にごめんなさい」
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最初、2人の漫才をみて
「きよしの方が、次々と面白いことをいって、やすしの頭を叩いて笑わせる。
だから面白いことをいうのはきよしで、真面目な方がやすしだ」
と分析し、西川きよしの弟子になった西川のりおだが、
「きよし師より、やすし師のほうが面白い」
と思い出した。
しかし同時に
「ついていけない」
とも思った。
「きよし師は、学生でいえば予習復習をするタイプで仕事に対して万全に備える。
やすし師は宿題すらやらない人間。
だから芸能界でも先輩で歳も上、笑いのセンスも天才的なやすし師が西川きよし師に頭が上がらなかった。
でも頭が上がらない決定的な理由は、仕事の時間をトチることだった。
『ごめんな、キー坊』
こういう仕事に入り方が多かった」
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ある日、やすしきよしが初共演する映画の撮影があり、西川のりおは、早朝の名神高速を大阪から京都へ向かって時速80㎞で走っていた。
朝が弱い横山やすしは、白いジャージの上下を着て助手席で寝ていたが、
「オイッ人に抜かれて悔しないんか。
80みたいな速度は、横山は嫌いや。
オンリー100を保って走れ」
とだけいって再び寝始め、いわれた通り、時速100㎞で走り出すと一瞬起きて
「そうや。
やったらできるやないか」
といったあと即眠りについた。
西川のりおは、遅い車を何台も抜いているうちに勢いがついてしまい、降りなくてはいけない京都南インターを時速120㎞で過ぎてしまった。
「やすし師匠、すいません。
京都南行き過ごしてしまいました」
「ストップ。
止まれ」
「京都東までいって引き返しましょう」
「そんなことしとったら撮影時間遅れてまう。
キー坊にまた叱られるやないか。
道路の左側の側道に止め」
西川のりおは恐る恐る側道に停車。
早朝なので交通量は少ないが、大型トラックが多く、すぐ横を時速100㎞くらい通りすぎるとブルーバードSSSは横揺れを起こした。
京都南インターから2㎞は離れていたが
「俺の誘導に従ってバックせえ」
「はい?」
「俺の指示通りにバックしたらエエねん」
横山やすしは車を降り、西川のりおは、白いジャージの上下で高速道路に立つ姿は、とてもこの世の者とは思えなかった。
「オーライ、オーライ」
走りながら誘導する横山やすしに従って、西川のりおはバック。
横山やすしの走るスピードが速いため、何度もトラックとニアミスしながら京都南インターまで戻り切った。
「2㎞もバックしたことはなかったし、したことあるヤツもいないだろう。
まして高速道路でだ」
寒い冬の朝もやの中を走り
「朝から高速でマラソンさせて、怒るでしかし」
といいながら乗り込んできた横山やすしのメガネは曇っていた。
そして少しすると、また眠りについた。
撮影所に所に到着すると起き上がった横山やすしは、口をファスナーをしめる仕草をしながら
「さっきのことはキー坊にはチャック」
すでに現場に入っていた西川きよしは、
「無茶なことさせられてないやろな」
田中も
「やすし師匠にエラい目あってんちゃうんかいな」
と心配してくれたが、2人とも嬉しそうな顔だったので西川のりおの嬉しさは半減。
やけにウマが合って、うまくやっている2人に嫉妬した。
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春、共演する月亭可朝とやすしきよしは、なんば花月から豊中市民会館まで一緒に移動することになった。
「俺の車で行こか」
という横山やすしに可朝は
「やっちゃんの運転やったら捕まるがな」
「俺は無法者か。
運転はキー坊の弟子がやんねん」
「さあ行こ」
横山やすしは助手席に乗り込み、後部座席の左右に西川きよしと可朝、真ん中に田中が座った。
西川のりおは、定員5人、満員状態の車を阪神高速を北に走らせていたが、赤いランプが点灯していることに気づいて
「ガソリンが全然ありません」
可朝が
「燃料ないんか。
下り坂のときはスイッチ切ったらエエねん」
「自転車やないんやから・・・
それにしてもウチの弟子、いつもこんな危険な状態に追いやってるんやな。
ウチの弟子を。
これはレンタル料もらわなアカンな」
西川きよしがいうと西川のりお以外は爆笑。
ガソリンメーターはEの文字を下回り、本当にガソリンがなく笑う余裕はなかった。
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Eランプが灯いたまま車が高速道路を降りると横山やすしが道を指示し始めた。
「やっちゃん、道わかってんかいな」
(可朝)
「豊中市民会館やろ。
方向からいうとやや北方向にあるから」
(やすし)
「方向からて、大丈夫かい」
(きよし、目をむきながら)
「ということは北北西に進路をとれ」
(やすし)
「ヒッチコックの映画やないんやから」
(きよし)
自分以外が笑っている車内で、西川のりおは
「とりあえず左や
ほんでしばらく走って右に行け」
というおそらくヤマカンでいっている横山やすしの指示に従い、ハンドルを切った。
大きな道路から出て、最終的に行き着いたのは田んぼ。
横山やすしは、あぜ道を歩く犬を見つけ、窓を全開。
「コラッ何トロトロ歩いてんねん。
もっとサッサと行け」
「犬もまさかやっちゃんに注意されるとは想像つかんかったやろな」
可朝の言葉で、西川のりおはついに笑ってしまった。
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その後も右へ左へ、指示されるがまま運転すると、鉄板を持った男性に遭遇し、
「なんや、ここ。
鉄工所の中入ったんちゃうか」
(きよし)
「手伝いまひょか」
(やすし)
その後も車は進み、金ダライを持ったオバちゃんに
「アレマッこんなところに車が」
と驚かれた。
こんなどこにいるのかわからない状態から、横山やすしの野性的カンと売れっ子芸人の悪運の強さが相まって、豊中市民会館に時間通りに到着。
西川のりおは1人でガソリンを入れながら
「こんなことがあるのか」
とつぶやいた。
市民会館ではクイズ番組の公開収録が行われたが、始まる前に可朝は、
「やすし君に帰りは適当にするっていうといて」
といった。
収録が終わって
「さあ帰ろか」
と横山やすしにいわれ、車を出していると
「可朝はんは?」
と聞かれ
「適当に帰るからいうとってといいはりました」
それを聞いて西川きよしは
「まああんなことになるんやったら乗りたないやろな。
逃げられたんや。
ホンマ俺も逃げたかったけど後で何されるかわからんから乗せてもらうわ」
横山やすしは
「キツいなあ」
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