西川のりお  それは高3の夏休み、同級生からの1本の電話で始まった。
2023年8月21日 更新

西川のりお それは高3の夏休み、同級生からの1本の電話で始まった。

西川のりおの師匠は、なんと西川きよし。超マジメで超厳しいが一生ついていきたいきよし師と超メチャクチャで超面白い、でもついていけないやすし師。強烈な師匠に挟まれ、育まれた過激な弟子時代。

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そして再び車に乗って、ついに家の到着。
「ここか、北村の家は」
「はい」
「かなり古いなあ」
西川きよしはしばらく建物を眺め
「ごめんください。
こんばんは。
失礼します」
と何回もいいながら店の奥に進んでいった。
西川のりおが、
「ここです」
といってガラス戸を引くと父親、母親、長男、次男がコタツに足を突っ込んで振り返りもしないでテレビを観ていた。
「ちょっと、師匠が来はってんけど」
無反応だったので、再度
「師匠が来てくれてはんねん」
すると父親が
「オッ、のりお、なんや」
「師匠来てんねん」
息子の後ろに立つ人間に気づいた父親は
「あっ、お宅、きよっさん。
きよっさんでっか。
おい、お前、きよっさんや」
肩をゆすられた母親は
「ええ?きよっさん?
ああ、ホンマや。
のりお、どないしたんや急に。
来るんやったいうてくれんと」
家族全員がコタツから出て立ち上がった。
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「どうぞ、入ってください」
といわれ、西川きよしは恐縮しながらミカンの皮や新聞が乗ったコタツへ。
「のりおもチャンと来はるいうて連絡してくれたらエエのに。
もうこの子は」
「ずうっと前からいうとったやないか」
「コラッ親にそんな偉そうな言葉づかいをするな」
「なんか今日は、きよっさんが家に来るいうてましたんやけど、またこの子は自分が芸能界入りたいもんやから、チョット相手してくれはっただけを大げさにいうてるんかと思て、信用してまへんでしたんや。
夢つぶすのもかわいそうやと思いまして、しばらくながめてて、あきらめてから相談に乗っても遅うないやろと思てましてん。
ホンマの話、弟子にしてもろたなんて、してもらえるわけないいうて家で誰も信用してまへんでした」
「お父さん、お母さんが想像してはるよりキツいんは確かです。
ほんで売れるいう保証はどこにもないです。
それでもよかったら息子さんはお預かりします」
西川きよしがいうと父親は
「偉いお世話になりまして色々ご迷惑をおかけしていると思いますが、何とぞひとつよろしくお願いします」
母親も
「お願いします」
2人の兄は顔を引きつらせながら愛想笑いしていた。
「そんな、もう、頭下げんといてください。
上げてください」
西川きよしはそういってから西川のりおに向かって
「家族の気持ち裏切らんようにな」
そして
「田中君のお家にもご挨拶行かんとアカンので、そろそろ失礼いたします」
といって外に停めてあったブルーバードSSSに乗って去っていった。
「ホンマやったやろ」
西川のりおがいうと母親は
「そうやったなあ」
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翌日、田中に
「どやった?」
聞くと
「スムーズにいった」
と自慢げに答えた。
師匠と同じ大阪の北の方にある公団住宅に住む田中は、両親だけでなく西川きよしとの関係もスムーズだった。
西川のりおは、気のせいか、自分より師匠と話が合い、師匠も田中には自分より好意的に接しているように思え、ムカッとすることも多かった。
ある日、
「チョットここで2時間くらい待っといて」
といわれ、西川きよしが車を降りたのが23時で
「オッ、待ったか?」
といって帰ってきたのは、朝の6時。
運転席に座ると、そのまま入り時間には早すぎる仕事現場に向かった。
「負けた。
あそこでツモってくるとはな」
麻雀を知らない西川のりおは
「あ、はい」
しかいえないが、田中は
「その手はセコいですね」
「お前もそう思うか」
西川きよしが嬉しそういうのをみて、ジェラシーを感じた。
「田中ときよし師匠だけがわかる会話も多かった」
西川きよしに
「ちょっとやすし君のとこ、読んでくれ」
といわれ漫才の台本を読むと
「そんなたどたどしい読み方しかでけへんのかいな」
と怒られ、田中に交代したが、その読み方は自分とあまり変わらないように思うのに注意されない。
それでいて洗車をさせられる回数は田中より多い西川のりおは、心の中でうなった。
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横山やすしとは師弟ではないが、付き人がいないので自然と用事をすることは多く、西川のりおは
(なんでそんなんする必要あるねん)
と思いながら、ガードルで前を押さえてモッコリをなしくしたやすしの着替えを手伝っていた。
ある日、楽屋でパンツ一丁の横山やすしが
「北村君、出前いうてくれるか」
「はい」
「俺、にゅう麺にするけど、北村君に田中君もなんか注文したら」
「はい。
そしたらキツネうどんいただきます」
そして出前が来ると横山やすしは
「サンキュー、そこ置いといて」
といって立ち上がり、お金を渡すとにゅう麺をズルズルじゃなくシュルシュルと普段の行動とま逆に上品な食べ方をした。
「君、運転免許証持ってるんやろ」
「はい」
横山やすしは、ニヤッと眼鏡の奥で目じりを上げ
「君に運転してもらいたいときがあるねん。
そのときは頼むで。
キー坊にはちゃんというとくし」
「はい」
西川のりおは、母親の経営する運送業を手伝えるように高校卒業後すぐに免許を取得していた。
そのとき西川きよしが新喜劇の楽屋から帰ってきたので
「やすし師匠にキツネうどんごちそうになりました」
と報告。
「そうか。
どうせやったらカツ丼か天丼オゴッてもろたらよかったのに。
礼いうのは一緒やからな」
と目をむいていった。
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数日後、なんば花月の楽屋で1回目の出番を終えた横山やすしが
「キー坊、北村君を車の運転で借りてもエエか」
「ここの親から預かってんねん。
無茶させんといてや」
大きく目をむいた西川きよしからOKが出て
「北村君、ほんだら今日から頼むで」
西川のりおは
(やけにうれしそうやな)
と思った。
横山やすしは、舞台衣装の緑のスーツを着たまま、足早に吉本モータープールへ。
西川のりおは、その歩く速さに必死についていった。
「この車やねん」
横山やすしが得意げに示したのは、日産ブルーバードSSS。
西川きよしと同型だが、より車高が低いクーぺタイプで1800cc最速といわれる車だった。
「ほんだら頼むで」
「はい」
行動が遅いことを嫌う横山やすしに気を遣いながら、素早く運転席に乗り込み、キーを回した。
そしてエンジンを軽く吹かすと助手席の横山やすしは
「俺はな、ガソリン減るのは気にせんから、思い切り吹かしたらエエねん」
いわれるままアクセルを踏み込んだ。
「俺が道いうから、その通り行ったらエエねん」
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西川のりおは、家で2tトラックを運転したことはあるが、こんな高級車を動かすのは初めて。
駐車場を出て、慎重に走らせていると
「そんなスピードで走らんでエエから。
もっと速よ走り。
OK?」
スピードだけでなく
「アウトまくり。
そのまましばらくストレートで行こか」
「ヨッシャ、今度はインや。
アウトかましてイン。
アウトインアウトや」
「そこ、インかましたらエエから」
と頻繁に車線変更を指示。
西川のりおは、一般道を時速80kmで走りながら、前の車をドンドン抜いていった。
「トロトロ走ってるヤツの後ろ追いかけてる場合、違うで。
安モンの女のケツ追いかけ回すようなもんや」
といわれ、西川のりおは
「抜いて抜いて抜きまくり、前へ入りまくった」
横山やすしは
「ナッ、やったらできるやろ。
横山の指示に従いなさい」
と絶好調。
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「200m向こうに大きなゲートあるやろ。
おそこにインしなさい」
その大きなゲートは、進行方向左にあったが、急に
「ストップ、ストップ、止まれ」
といわれ、急ブレーキ。
「ガツンッ」
横山やすしはフロントガラスに頭を打ちつけ、舞台上のネタのようにメガネがズレた。
「すいませんでした」
あわてて西川のりおが謝ると
「ドンマイ、ドンマイ」
とメガネをズリ上げながら笑った。
「横山や」
そういわれてゲート前にいたガードマンが誘導を開始し、西川のりおは車を中へ。
「OK、ストップ。
車そこに停めてから、後でこの建物の4階に上がって横山のところに来たいうたら案内してくれるから」
横山やすしは、そういって建物の中へ入っていった。
西川のりおはいわれた通りに駐車。
(一体ここは何なんや?)
と思いながら建物に入って、エレべーターで4階のボタンを押した。
ドアが開くと男性がいて
「スイマセン、横山・・・」
「やっさんやな。
ほんで北村君やな。
こッチコッチ」
男性に案内されたのは、窓が一面に広がる大きな部屋だった。
「やっさん、連れてきたで」
「サンキュー」
横山やすしは、その大きな窓の外を眺めていたまま、男性の方はみずに礼をいった。
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そして西川のりおに
「競艇場や。
ボートレースや。
初めてか?
体張って勝負するところや」
西川のりおは、そう話す横山やすしに
「男のツッパリを感じた。
できる限り運転して役に立ちたい」
と思った。
そこは一般の客は入れないVIPルームで、いるのは金持ちそうな人ばかりだったが、
「次のレース何くるやろ」
と聞かれた横山やすしは
「5が頭で流しやろ。
まあ5-6いうとこか」
「ホンマかいな。
前もその通り勝って外したがな」
「アホか。
そやったらおのれのうすらバカ頭で買わんか。
このアホンダラ」
とボロカスにいい、レースが始まると
「インからかませ」
「まくれ、まくれ」
とガラスから飛び出しそうな勢いで観戦。
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「1レースだけか。
ちょっとマイナスやな。
後のレースもやりたいんやけど、なんば花月戻らなアカンね。
2回目何時やった?」
といい、聞かれた西川のりおは時計をみてギクッとなりながら
「6時15分です」
「いま5時40分やろ。
ウーン行けるやろ。
北村君、車出して。
すぐ行こ」
車をゲートから出したが競艇が開催されているせいで渋滞。
横山やすしは、さかんにメガネを上げ下げさせながら前後左右を確認し、
「ヨシッ、北村君、右いっぱいにアウトかまそか。
対向車線で信号待ちしてる車のめいいっぱいまでいって、それらか即イン入ろか。
それから反対車線入って、またインや。
要するに道路のすき間すき間を抜けていくねん。
まずは反対車線に向かって、いっぱいいっぱいアクセル吹かせ」
オートマチック車ではないため、西川のりおは、クラッチを踏んで、ギアをローに入れ、アクセルを吹かした。
「よっしゃ、右に出とけよ。
頭2つ出しとけ。
信号が青になったら1番にスタート切れよ」
「ええぞ、吹かしとけよ」
「右に思い切りハンドル切れよ」
指示を黙って聞いていた西川のりおが
(横転するやないか!)
と思ったとき、信号が青に。
「よっしゃ、スタート!」
思い切りアクセルを吹かして、右にハンドルを切って反対車線に停まっている車の1m手前で止まると、相手は車の中で体をのけぞらせた。
「よっしゃ、インや」
左にハンドルを切って、元の車線に入ると
「よっしゃ、アウトいこ」
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クラクションが鳴らされると、
「何を安もんのラッパ鳴らしとんねん。
お前らが急いでいる金儲けと俺の急いでんのとは単価が違うちゃうねん。
この前の車、なにモタモタしとんねん。
北村君、次の信号待ちのとき、コイツの前にカブしたれ」
とまったく動じず
「次の信号越えた1本目左入って、すぐ右。
ほんで次をまた右や」
と抜け道を指示。
西川のりおは必死にハンドルを切り、踏切にさしかかり
「カンカンカン」
と音がしたので、ブレーキを踏んで減速させいようとしたが、
「何をしとんねん。
行ったらエエねん。
突破したらんかい」
といわれ、アクセルを踏んだ
広い踏切で線路が何本もあり、それを越えるたびに車はジャンプ。
西川のりおは、ハンドルをカチカチに握って耐えたが、横の横山やすしが歯を食いしばっているのがみえた。
なんとか渡り終えそうになり、西川のりおがホッとした瞬間、
「ガシャン」
と天井が大きく鳴ったが、横山やすしは
「気にせんでもエエ。
ドンマイドンマイ」
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