あべ静江さんの1970年代の活躍、涙は心の汗だ!「帰らざる日のために」「太陽がくれた季節」、中村晃子「虹色の湖」、久保田早紀「異邦人」などの懐メロ
2015年11月4日 更新

あべ静江さんの1970年代の活躍、涙は心の汗だ!「帰らざる日のために」「太陽がくれた季節」、中村晃子「虹色の湖」、久保田早紀「異邦人」などの懐メロ

あべ静江さんの1970年代のアイドル歌手・女優としての活躍、1970年代を代表する久保田早紀の楽曲「異邦人」、青春学園ドラマの主題歌だった「太陽がくれた季節」「帰らざる日のために」、小坂明子の楽曲「あなた」、石川さゆりの楽曲「津軽海峡・冬景色」、八代亜紀の楽曲「なみだ恋」「舟歌」、欧陽菲菲の楽曲「雨の御堂筋」「ラヴ・イズ・オーヴァー」、シモンズの楽曲「恋人もいないのに」「明治チェルシーの唄」、中村晃子の楽曲「虹色の湖」といった1970年代前後の懐メロを聞いて、当時の懐かしい思い出・青春時代にタイムトリップしてみましょう。

15,534 view

1973年9月25日の『みずいろの手紙』も続けてヒット、翌1974年12月31日には、当曲で『第25回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たす。

1973年9月25日の『みずいろの手紙』も続けてヒット...

1973年9月25日の『みずいろの手紙』も続けてヒット、翌1974年12月31日には、当曲で『第25回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たす。

あべ静江の楽曲「みずいろの手紙」1974年末の『第25回NHK紅白歌合戦』より - YouTube

「みずいろの手紙」(みずいろのてがみ)は、あべ静江の楽曲で、1973年9月25日に発売された2枚目のシングルである。
累計売上は約26.4万枚を記録。デビュー作である前シングルの「コーヒーショップで」に次ぐヒットとなった。

翌1974年末の『第25回NHK紅白歌合戦』に、表題曲で初出場を果たした。なおこの時は、冒頭のセリフを本来「お元気ですか? そして今でも愛していると、言って下さいますか?」というところを「全国の皆様、お元気ですか? そして今年も紅組が勝つと、言って下さいますね?」とアレンジして歌われた。また、ギター伴奏は、フランス出身のギタリストであるクロード・チアリが特別ゲストとして担当した。

みずいろの手紙
作詞:阿久悠 作曲・編曲:三木たかし
(出典:Wikipedia「みずいろの手紙」)
1970年代のトップアイドル、あべ静江さん

1970年代のトップアイドル、あべ静江さん

1970年代のトップアイドル、あべ静江さん

1970年代のトップアイドル、あべ静江さん

1975年 映画「トラック野郎・爆走一番星」 (東映) - 高見沢瑛子(マドンナ役)(演:あべ静江)

1975年 トラック野郎・爆走一番星 (東映) - 高...

1975年 トラック野郎・爆走一番星 (東映) - 高見沢瑛子(マドンナ役)(演:あべ静江)

『トラック野郎・爆走一番星』(トラックやろう・ばくそういちばんぼし)は、1975年(昭和50年)12月27日公開の日本映画。

満艦飾のトラックが日本全国津々浦々駆け巡り、主人公・一番星こと星桃次郎に菅原文太、相棒・やもめのジョナサンこと松下金造に愛川欽也、マドンナ・高見沢瑛子にあべ静江、ライバル・ボルサリーノ2に田中邦衛が扮して巻き起こす「トラック野郎シリーズ」第2弾。

1976年(昭和51年)の正月作品として公開された。『爆走一番星』は当時の東映社長・岡田茂による命名。
7億7700万円の配給収入を記録、1976年の邦画配給収入ランキングの第7位となった。
(出典:Wikipedia「トラック野郎・爆走一番星」)

菅原文太・愛川欽也の楽曲「一番星ブルース」 - YouTube

映画「トラック野郎」主題歌

『トラック野郎』(トラックやろう)は、1975年から1979年にかけて東映の製作・配給で公開された、日本映画のシリーズ。全10作。
本シリーズの大ヒットにより、車体を電飾で飾り、ペイントを施して走るアートトラック(デコトラ)が増加した。また、菅原文太演ずる本シリーズの主人公・星桃次郎が乗るトラック「一番星号」を模したプラモデルが子供たちの間にも大ヒットする等、映画の枠を超えた社会現象となった。

一番星ブルース
唄:菅原文太・愛川欽也、作詞:阿木燿子、作曲:宇崎竜童、編曲:ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)
全10作中、『一番星北へ帰る』を除いた9作で使用された。
(出典:Wikipedia「トラック野郎」)
トラック野郎・爆走一番星 (東映) - 高見沢瑛子(マ...

トラック野郎・爆走一番星 (東映) - 高見沢瑛子(マドンナ役)(演:あべ静江)

あべ静江さんは女子大生役で、バイト先のドライブイン食堂...

あべ静江さんは女子大生役で、バイト先のドライブイン食堂で主人公のトラック野郎の菅原文太さんと出会う。

トラック野郎・爆走一番星 (東映) - 高見沢瑛子(マ...

トラック野郎・爆走一番星 (東映) - 高見沢瑛子(マドンナ役)(演:あべ静江)

2011年の新年会:あべ静江さん・南沙織さん・麻丘めぐみさん・浅田美代子さん

2011年の新年会:あべ静江さん・南沙織さん・麻丘めぐ...

2011年の新年会:あべ静江さん・南沙織さん・麻丘めぐみさん・浅田美代子さん

1970年代を制覇したアイドルの4人、あべ静江さん・南沙織さん・麻丘めぐみさん・浅田美代子さんが勢揃いした豪華すぎる新年会。

南沙織の歌手デビュー・シングル「17才」(1971年6月1日発売)- YouTube

「17才」(じゅうななさい)は、南沙織の歌手デビュー・シングル。1971年6月1日発売。発売元はCBS・ソニー。

アイドル歌手・南沙織の歌手デビュー曲である。デビューへ向けたプロジェクトの中で南と作曲者の筒美京平が初めて顔を合わせた際、筒美から「何が歌えるの?」と聞かれた南が、リン・アンダーソン(Lynn Anderson)の「ローズ・ガーデン(Rose Garden)」だけ歌える、と答え、これが元になって筒美は「17才」を書いたという。

デビュー曲ながら、本楽曲はオリコンの上位にランクインするヒットとなった。また、この曲のヒットは、歌い手と同世代のファンが感情移入できる、新しいタイプのアイドル・ポップス誕生の瞬間であったと語られることがある。いわゆる "女性ヤングアイドル" の基礎を築いたのが南沙織や同期歌手の小柳ルミ子・天地真理であったと語られる機会も多い。

レコード・ジャケットでは、蟹の絵がプリントされているシャツを着ているが、これは南自身が7月2日生まれの蟹座であることに由来する。本シングル盤発売時のキャンペーンでは、蟹のマークのシールが配布されていた。また、2006年6月14日発売のデビュー35周年CD-BOX『Cynthia Premium』では、BOXに同様の蟹座のマスコット模様が施してあった。
順調にヒットを記録した結果、1971年の年末には第13回日本レコード大賞新人賞・日本歌謡大賞放送音楽新人賞・新宿音楽祭金賞など様々な賞を受賞したほか、NHKの『第22回NHK紅白歌合戦』にデビューからわずか半年で出場歌手に選ばれ、紅組のトップバッターを務めた。その映像は、上記『Cynthia Premium』に収められたDVDでも見ることが出来る。

作詞者の有馬三恵子によると、歌詞の冒頭に出てくる「誰もいない海」の舞台は、山口県防府市・瀬戸内海の富海。当時、有馬は既に40歳前後だったため、この曲がヒットしたときは周りから「40歳になってよくあのような詞が書けたね」と、半分呆れられるかように誉められたという。

この曲のヒット以降、歌詞や作品名に「17才」が登場するアイドル歌謡曲が多く生まれた。
(出典:Wikipedia「17才 (南沙織の曲)」)

麻丘めぐみの通算5枚目のシングル「わたしの彼は左きき」(1973年7月5日発売) - YouTube

「わたしの彼は左きき」(わたしのかれはひだりきき)は、麻丘めぐみの通算5枚目のシングル。1973年7月5日発売。発売元はビクターエンタテインメント。

南沙織や天地真理・小柳ルミ子ら三人娘(三代目・三人娘)とともに "元祖女性アイドル" と語られる機会もある麻丘めぐみの5枚目。おとぎ話に出てくる「乙姫様」のようなヘアスタイル(姫カット)や、曲中の「左きき」の歌詞のところで、顔の横で左の手のひらと甲を回転させる振り付けを披露した。

麻丘本人は右利きだが、曲の宣伝の際には、左手でサインをしたり、食事の時左手で箸を持つなどしていた。

本作がリリースされた当時、巷間では左利きに対する差別意識が若干残っていたこともあり、麻丘自身は「このタイトルでいいのだろうか?」と戸惑ったという。しかし、歌詞の内容自体は、左利きの人間を差別したり忌避したりするものではなく、むしろ本作のヒットがきっかけで、左利き用品が多数販売されるなど左利きが市民権を得たとも言われている。

売上枚数は総計50万枚以上。オリコンチャートで唯一の1位獲得曲(8月27日 - 9月3日付)であり、麻丘の代表作として広く知られている。また、この曲で『第24回NHK紅白歌合戦』に初出場を果たした。後年、「舞台袖で、歌う前にいしだあゆみさんが優しく声をかけてくれたのが嬉しかった」と懐古している。

レコーディングメンバーとしてギターを担当しているのは高中正義。
(出典:Wikipedia「わたしの彼は左きき」)

中村晃子

中村晃子

中村晃子

中村 晃子(なかむら あきこ、1948年1月3日 - )は、日本の女優・歌手・声優。千葉県習志野市出身。本名同じ。愛称はアッコ。血液型はO型。 身長163cm、B85・W60・H88。趣味はゴルフ・テニス・卓球。ベルグコーポレーション所属。 昭和学院高等学校卒業。

1963年、高校在学中に第2回ミス・エールフランスコンテストの準ミスに入選したことがきっかけで、松竹へ入社して銀幕デビューを果たす。多数の映画に出演し、1965年~1966年は田村正和とコンビで売り出すも、互いに芽が出ずパッとしない存在だったが、その後同年『望郷と掟』続く『炎と掟』では安藤昇の相手役に抜擢されラブシーンを演じた。当時はカーマニアでオペルやプリンス、フォルクスワーゲン・カルマンギアなどを乗り継いだ。

1965年に『青い落葉』にてレコードデビュー。1967年に『虹色の湖』をリリース。グループサウンズ全盛の時期にあって、女性ソロ・シンガーとして80万枚を売り上げるヒットになった。続く1968年には『砂の十字架』もヒットを記録した。

1968年、『虹色の湖』で第19回NHK紅白歌合戦に初出場。ドラマ「可愛い魔女ジニー」の声優も担当した。1973年にはカバー曲『あまい囁き』が大ヒットする。1980年『恋の綱わたり』(TBS系ドラマ『離婚ともだち』挿入歌)も30万枚を超えるヒットとなり、『ザ・ベストテン』にもランクインした。

女優としては千葉真一主演のテレビドラマ『影の軍団III』にレギュラー出演し、時代劇にも活躍の場を広げた。
(出典:Wikipedia「中村晃子」)
93 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

「坂本九」の妻『柏木由紀子』って元々は子役で歌手としても活動していたの知っていた?!

「坂本九」の妻『柏木由紀子』って元々は子役で歌手としても活動していたの知っていた?!

1985年8月12日に航空機事故により43歳の若さでお亡くなりになった坂本九さんの妻の柏木由紀子さん。元々は女優で歌手として活動されていました。そんな柏木さんをまとめてみました。
ギャング | 1,143 view
「3年B組金八先生」の生徒山本まどか 役を演じた『福家美峰』現在は・・・。

「3年B組金八先生」の生徒山本まどか 役を演じた『福家美峰』現在は・・・。

ドラマ「3年B組金八先生」第2シリーズで山本まどか 役を演じスペシャルや3年B組金八先生ファイナル~まで登場していた福家美峰さんを覚えていますか?懐かしく思いまとめてみました。
ギャング | 1,440 view
お店の閉店や夫との死別・病気・不幸すぎる💦『折原真紀』!!

お店の閉店や夫との死別・病気・不幸すぎる💦『折原真紀』!!

ドラマ「がんばれ!レッドビッキーズ」美人警官役を演じていた女優で歌手の折原真紀さん。病気や最愛の夫との死別・お店の閉店など不幸すぎる人生・・・。まとめてみました。
ギャング | 702 view
当初はアイドル歌手として活動するもブレイクせず女優に専念した『古柴 香織』!!

当初はアイドル歌手として活動するもブレイクせず女優に専念した『古柴 香織』!!

1990年にCMでデビューした古柴 香織さん。デビュー当初はアイドルとして歌手・グラビア活動等もしたがブレイクせず、その後は女優に専念されていました。
ギャング | 1,780 view
【濱田マリ】モダンチョキチョキズのボーカル担当!女優やナレーター・タレントとしてのご活躍もエッチな目線を加えてプレイバック!

【濱田マリ】モダンチョキチョキズのボーカル担当!女優やナレーター・タレントとしてのご活躍もエッチな目線を加えてプレイバック!

独特の個性的な声質で音楽や女優・ナレーターとして活躍している濱田マリさん。女優としては大胆なラブシーンを披露され、マルチな分野でその存在感を発揮しています。今回の記事では、そんな濱田マリさんにフォーカスして、その軌跡や代表作品を官能シーンも加えて振り返っていきます。
tsukumo2403 | 823 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト