1992年、無敗で皐月賞とダービーを制したミホノブルボンが死去
2017年2月27日 更新

1992年、無敗で皐月賞とダービーを制したミホノブルボンが死去

1992年の皐月賞・日本ダービーを制したミホノブルボンが、老衰のため死亡していたことが分かった。28歳だった。”坂路の申し子”と言われ、人気だったミホノブルボンの訃報をお伝えする。

936 view

1992年に大活躍した名馬、ミホノブルボンが死去

1992年の皐月賞・日本ダービーを制したミホノブルボンが、老衰のため死亡していたことが分かった。
12年の種牡馬引退後は北海道日高町のスマイルファームで余生を送っていた。28歳だった。
”坂路の申し子”と言われたミホノブルボン

”坂路の申し子”と言われたミホノブルボン

同馬は父マグニテュード、母カツミエコーという血統で、91年に栗東の戸山為夫厩舎に入厩。
導入して間もない坂路コースを利用して、“戸山流”といわれるスパルタ調教で鍛えられ、無敗のまま朝日杯3歳S(現朝日杯フューチュリティS)を制覇。皐月賞、ダービーも逃げ切り、2冠を達成した。

秋は初戦の京都新聞杯を制し、距離不安が囁かれつつも菊花賞で無敗の3冠制覇に挑戦。生粋のステイヤー・ライスシャワーの前に敗れ3冠達成はならなかったが、2着は確保して92年の年度代表馬および最優秀4歳牡馬に選出された。

通算成績は8戦7勝。種牡馬としては、産駒に目立った活躍はなかった。

スマイルファーム・中村広樹代表は「ここ数年ひと冬ごとに体が寂しくなっておりました。ファンからもたくさんの贈り物をいただき、本当に愛された馬でした」とコメントしている。

オススメの特集記事

8 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

【GII3勝】最強の兄弟馬にも先着した実力馬マチカネタンホイザ

【GII3勝】最強の兄弟馬にも先着した実力馬マチカネタンホイザ

重賞4勝、うちGII3勝。GIでは一度も連に絡めなかったものの、7度の掲示板を記録。善戦ホースのイメージが強いマチカネタンホイザですが、実は、あのビワハヤヒデ、ナリタブライアン兄弟の両方に先着した、唯一の馬でもあります。そんな実力馬の足跡をたどります。
izaiza347 | 325 view
昭和・平成の競馬ブームの立役者である競走馬たち

昭和・平成の競馬ブームの立役者である競走馬たち

1970年代に起こった第一次競馬ブームと1980年代に起こった第二次競馬ブームの立役者となった競走馬たちを集めてみました。
【逆三冠馬!?】ナリタブライアン三冠の裏の記録がすごかった!サムソンビッグ

【逆三冠馬!?】ナリタブライアン三冠の裏の記録がすごかった!サムソンビッグ

ナリタブライアンのクラシック三冠で盛り上がった1994年。実はその裏で、逆三冠馬(最下位の三冠馬)になれそうだった競走馬がいたことはあまり知られていません。皐月賞ブービー、ダービー最下位、菊花賞最下位。最低人気で重賞を勝ってしまったこともある競走馬。その馬こそサムソンビッグです。
izaiza347 | 751 view
GI6勝の武幸四郎騎手が引退。兄・豊とは史上初の「最多勝利新人騎手」を兄弟で受賞!

GI6勝の武幸四郎騎手が引退。兄・豊とは史上初の「最多勝利新人騎手」を兄弟で受賞!

日本中央競馬会(JRA)は、調教師4人、騎手2人が引退すると発表した。その中には武豊騎手(47歳)の弟でGI6勝を挙げた武幸四郎騎手(38)=栗東・フリー=もおり、武は今月末で引退する。
【訃報】俳優・中尾彬さん死去。反町隆史など著名人から追悼のコメントが続々と

【訃報】俳優・中尾彬さん死去。反町隆史など著名人から追悼のコメントが続々と

俳優の中尾彬(なかお あきら)さんが16日、心不全のため東京都内の自宅で亡くなっていたことが明らかとなりました。81歳でした。
隣人速報 | 307 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト