悲劇の出生からスターダムに駆け上れ!! 芦毛の名馬「タマモクロス」
2016年11月25日 更新

悲劇の出生からスターダムに駆け上れ!! 芦毛の名馬「タマモクロス」

故郷を失い、母を失い、自身も窮地に追い込まれながらも、遅咲きの才能を開花させ、一世風靡した1頭のサラブレッド。ある1人の男によって導かれ、昭和最後の名勝負を残した「白い稲妻」、タマモクロスを振り返る。

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熱き男のもとに誕生した 芦毛の子

1984年(昭和59年)5月23日、北海道・錦野牧場に、母グリーンシャトー、父シービークロスという平凡な血統の元、1頭のサラブレッドが誕生します。
そもそも、大きな実績のなかった父シービークロスが種牡馬になれたのも、錦野牧場長・錦野昌章の存在があったからなのです。
シービークロスの走り・末脚に惚れこんだ錦野氏が、種牡馬にするために様々な人・組織に掛け合い、奔走し、強い信念と熱き情熱を注いだからなのです。彼なくして種牡馬シービークロスは誕生していませんでした。そんな思いの中誕生したのが、「タマモクロス」でした。
経営難の中、「もう1人の父」錦野氏は「芦毛の子」の大成を信じ、人生のすべてを注いだのでした。
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生まれた当初は、体が小さく、見るからに貧弱で、しかも、良血ではない。とてもじゃないが競走馬で大成するとは誰も思っていませんでした。が、ただ1人、錦野昌章氏だけは「この子はきっと走る」と強い信念を持っていました。
しかし、そんな思いとはうらはらに、牧場経営は悪化の一途をたどり、芦毛の子は500万円という安価で、兄姉とともに3頭で京都の三野道夫氏に引き取られます。
錦野氏の心中は、いかばかりだったことでしょう。

タマモクロス誕生

1986年(昭和61年)秋、滋賀県栗東の小原伊佐美厩舎に入厩し「タマモクロス」が誕生します。この時のことを小原調教師は「牝馬の如く細い馬」と表現しています。ここでもやはり、「どう見ても走るとは思えない馬」と誰もが思ったようでした。
実際、見た目だけではなく、よく体調を崩し、馬運車が嫌いで、視界に入っただけでおびえて食が細る、というひ弱さがあり、デビューさえも危ぶまれた時期がありました。

デビュー、そして、母と故郷との別離

明けの4歳となった1987年、タマモクロスはひ弱さゆえに、満足な調教もできず、良化が見込めない状態での参戦となります。
そして、生産者である錦野牧場の命運を背負ってのデビューでした。

新馬戦 阪神芝2000m 1987年(昭和62年)3月1日

先頭に立ってレース展開をした「タマモクロス」でしたが、4コーナーで追いつかれ、馬群に沈み、10頭立ての7着。いいところがないまま、芦毛の子のデビュー戦は終わりました。
陣営は第2戦からダートに変更しますが、「タマモクロス」は、4月11日の3歳未勝利戦で勝利しただけで、400万下の条件戦を勝ち上がれず、10月4日の第8戦までの成績は1勝7敗と散々なものでした。
そして、「タマモクロス」の活躍頼みだった錦野牧場は、倒産・解体。
母「グリーンシャトー」は他の牧場へ売られ、7月30日、13歳(人間で47歳前後)という若さでこの世を去りました。のちに、錦野氏は北海道から離れ、一家は離散。
「タマモクロス」の活躍を信じ、すべての情熱を注いだ男の思いは、「グリーンシャトー」の死とともに、言葉に表せるものではなかったでしょう。

この年、「タマモクロス」は母と故郷を失ったのでした。

突然の快進撃

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故郷の悲劇を知ってか知らずか、「タマモクロス」は突然、開眼します。
鞍上・南井騎手の意向もあり、ダートから芝へと転向した10月18日400万下のレース、最後の直線で豪快にして凄まじい末脚を披露し、2着以下を7馬身離して圧勝するのでした。
レース後南井騎手に、「乗っててびっくりした」と言わせるほどの追い込みでした。
まるで、北海道での出来事がわかっているかの如くの走りでした。
そして、このレース以降、引退するまで、枠連対率100%という快挙をやってのけるのです。

フロックか否か

前走で豪快な勝ちっぷりをした「タマモクロス」ですが、陣営は、まぐれか実力かを見極めるために、11月1日藤森特別(400万下)の芝レース出場を決めました。
自身の真価を問われているのを知るよしもない「タマモクロス」は、またも8馬身差のブッチ切リの勝利を収めます。
「本物だ!」誰もが驚きを隠せませんでした。
この後、陣営は、重賞への挑戦を決断します。

白い稲妻誕生

鳴尾記念 阪神芝2500m 12月6日

陣営はハンディ戦の鳴尾記念出走を決めます。条件(400万下)上がりということで軽ハンディで出走できたからです。しかし、いくらハンディが軽いとはいえ、相手はゴールドシチー、菊花賞馬のメジロデュレン等々、強豪馬が顔を揃えていました。
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スタートで出遅れ、シンガリからのレースとなりましたが、その後、徐々に差を詰め、4コーナーを回ったところで先頭集団を抜き去り、アッという間に6馬身の差をつけてゴール!
圧巻のレースでした。そして、3レース連続追い込み一気での大勝利でした。
「白い稲妻の再来だ」ファンたちは口々に称賛したのです。
こうして、父シービークロスの愛称だった「白い稲妻」は、「タマモクロス」へと受け継がれていきました。

重賞街道まっしぐら

あまりの強い勝ちっぷりに、有馬記念への出走が熱望されましたが、陣営は、食が細く疲労が蓄積している「タマモクロス」を気遣うとともに、将来性を考慮し、有馬記念を回避、春の天皇賞へ照準を合わせます。
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