SS産駒の先駆け。『漆黒の名馬ジェニュイン』
2016年11月25日 更新

SS産駒の先駆け。『漆黒の名馬ジェニュイン』

漆黒の馬体に白のシャドーロール、誰もが見いってしまうサラブレット・・それがジェニュインだった。1992年生まれ、今や日本競馬会を席巻しているサンデーサイレンスの初産駒にして、初のG1タイトルをもたらした。ここからサンデーサイレンス時代が始まることになる。

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美しい名馬ジェニュイン

美しい名馬ジェニュイン

遂にやってきた【本物】

ジェニュイン
父サンデーサイレンス、母クルーピアレディー。母はアメリカで13勝している。甥に2007年菊花賞馬アサクサキングスがいる。
馬名の意味・由来
【正真正銘の、本物の】
管理していた調教師松山康久師がいつかこの馬はっいう出会いのためにとっておいた馬名でもある。幼少期から馬格もあり明らかにほかの馬たちとは一線を画していたという。

偉大な父 サンデーサイレンス

今や日本競馬にかかわるものでこの名を聞いたことがいないであろう歴史的種牡馬。ジェニュイン以外にもディープインパクト、スティルインラブ等の三冠馬を筆頭に数多くの名馬を輩出した。現在ではサンデーサイレンス系と言われる一大勢力となっている。ちなみに2011年の日本ダービーでは出走18頭すべての馬がサンデーサイレンスの血を引くという事態も起きている。
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種牡馬成績・記録
前述のようにサンデーサイレンスは初年度産駒がデビューした翌年の1995年から2007年にかけて13年連続でリーディングサイアーとなった。
サンデーサイレンスは中央競馬における種牡馬に関する記録の多くを更新した。リーディングサイアー、連続リーディングサイアー、通算勝利数、通算重賞勝利数、通算GI級競走勝利数、年間勝利数、年間重賞勝利数、年間GI級競走勝利数、年間獲得賞金額、通算クラシック勝利数はいずれも最多記録を保持している。
また、中央競馬・地方競馬をあわせた通算勝利数は3719勝でアジュディケーティングの3766勝(2015年10月時点)に次ぐ世界2位である。

年度別種牡馬成績(日本総合)[99][† 22]

デビューそしてSS産駒初の栄冠へ

 (1552981)

デビュー戦は2着に敗れたが、その後未勝利で勝ち上がる。朝日杯3歳ステークスを目指したが脚部不安により回避。翌年セントポーリア賞・若葉ステークスと連勝して晴れの舞台である皐月賞へ出走する。
その皐月賞では同じサンデーサイレンス産駒で本命最有力候補と言われていたフジキセキがいたが故障による電撃引退に見舞われ本命不在となっていた。全走若葉ステークスが1着入線馬降着による繰り上がり勝利が影響してかジェニュインは3番人気だった。
その中でジェニュインは、名手岡部騎手を背に2番手から直線で抜け出すという横綱競馬で、タヤスツヨシの猛追を退き栄冠を手にする!次走日本ダービーも2着と健闘する。

古馬相手に標準を合わせた秋競馬

古馬へ挑戦した秋の天皇賞

古馬へ挑戦した秋の天皇賞

夏は休養にあて、秋のローテーションに陣営が選択したのは、距離適性を考え同年代ではなく古馬との対戦を選んだ。
京王杯オータムH・毎日王冠とステップを踏み秋の天皇賞へと向かう。春の皐月賞と同じく2番手でレースを進め直線抜け出したが、ゴール直前にサクラチトセオーの強襲に屈し2着と敗れる。
そして、4歳(現表記3歳)最後のレースの有馬記念は10着と大敗。有馬記念に騎乗していた岡部騎手は『強風で馬が嫌気をさしてしまった』とコメントしていたが、後には敗因を『距離の壁』と語っている。

短中距離路線で活躍した古馬時代

5歳になったジェニュインは短中距離路線を進み、春は中山記念2着、安田記念4着と勝利はつかめなかった。休養明けとなったG1天皇賞秋は14着と大敗するが、次走G1マイルチャンピオンシップは1番人気に答え、見事に勝利!G1 2勝目を飾る。その後は6歳時に安田記念2着、天皇賞秋3着と惜敗が続きこの勝利が最後の勝利となった。

2014年 2月 9日(日) 2回京都4日 天候: 晴 馬場状態:稍重 11R 第54回 きさらぎ賞 トーセンスターダムvsバンドワゴン 3歳・オープン・G3(別定) (国際)(特指) 芝・外 1800m 9頭立 1 トーセンスターダム 2 バンドワゴン 3 エイシンエルヴィン 4 ピークトラム 5 オールステイ...

名手岡部幸雄

ジェニュインのほとんどの手綱をとった名手岡部騎手。研究熱心で努力の天才ともいわれており、国外競馬への挑戦や騎手のエージェント制・モンキー乗り等々様々な事を日本競馬会に広めた騎手の先駆けである。
日本騎手会のレジェンド

日本騎手会のレジェンド

岡部 幸雄(おかべ ゆきお、1948年10月31日-)は、日本の騎手。日本中央競馬会 (JRA) に所属し1967年から2005年にかけて活動した。群馬県新田郡強戸村(現・太田市)出身。

20世紀後半から21世紀初頭にかけて中央競馬のトップジョッキーとして活躍し、競馬ファンから名手の愛称で親しまれた。アメリカの競馬に感化され、「馬優先主義」をはじめとする理念や技術を日本に持ち込んだ。中央競馬において、特定の厩舎や馬主に拘束されないフリーランス騎手の先駆けとなったことでも知られる。1995年1月から2007年7月まで、中央競馬における騎手の最多勝記録(最終的には2943勝)を保持した。
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