幅広く活躍された女優・芳村真理さん
芳村真理さんの経歴
有名デザイナーのファッションショーといった仕事をこなし、グラビアモデルとして数々の雑誌の表紙を飾りました。1960年、大島渚監督からの勧誘を受け、映画『霧ある情事』で女優デビューを果たします。その後、80本もの映画に出演し、テレビドラマにも活躍の場を広げていきました。
奥さまスタジオ・小川宏ショー
1966年、フジテレビ系列で平日の朝に放送されていた『小川宏ショー』の二代目ホステスに抜擢されると、女優業を休んで司会業に専念されています。朝の時間帯では珍しいミニスカート姿での番組進行は、それまでの常識を覆すような斬新さがあり、主に若年層からの支持を集めました。
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1968年にはフジテレビ系列の音楽番組『夜のヒットスタジオ』に、当時は司会者として人気だった前田武彦さんとのペアで司会者に抜擢されました。放送開始当初はアシスタントとしての色が強かった芳村真理さん。しかし、前田武彦さんが番組を降板すると、芳村真理さんは司会者として番組進行の要になっていきます。台本を片手に持ちながら、独自のスタイルで司会するスタイルが定着していきました。
その後も、数々の人気番組のMCを務め、メインを張れる女性司会者として確固たる地位を確立します。
1988年、人生に区切りをつけるという理由で、20年間もレギュラー出演して司会者を務めた『夜のヒットスタジオ』を降板。その後の活動はゲスト出演に留まり、女優や司会者としてのレギュラー出演は控えるようになりました。
その後も、数々の人気番組のMCを務め、メインを張れる女性司会者として確固たる地位を確立します。
1988年、人生に区切りをつけるという理由で、20年間もレギュラー出演して司会者を務めた『夜のヒットスタジオ』を降板。その後の活動はゲスト出演に留まり、女優や司会者としてのレギュラー出演は控えるようになりました。
芳村真理さんにまつわるエピソード
井上順さんは芳村真理さんと共演NGだった?
共演NGだと噂されていた芳村真理さんと井上順さん。2017年に放送されたTBS系列の番組『爆報!THEフライデー』で二人は30年ぶりの共演を果たし、その噂の真偽が明かされることとなりました。
かつてはフジテレビ系列の音楽番組『夜のヒットスタジオ』では、名コンビとして司会を務めていました。しかし、井上順さんが降板して以降、他番組で共演する機会はなかったそうです。その理由は、井上順さんは難聴になってしまい、補聴器がないと生活できないレベルのためだと語られました。会話が遅れて聞こえたり、誰が発言しているのか分からないので、バラエティー番組への出演が難しくなってしまったようです。
かつてはフジテレビ系列の音楽番組『夜のヒットスタジオ』では、名コンビとして司会を務めていました。しかし、井上順さんが降板して以降、他番組で共演する機会はなかったそうです。その理由は、井上順さんは難聴になってしまい、補聴器がないと生活できないレベルのためだと語られました。会話が遅れて聞こえたり、誰が発言しているのか分からないので、バラエティー番組への出演が難しくなってしまったようです。
結婚と家族構成
1962年、芳村真理さんは音楽アーティストとして活躍していたミッキー・カーチスさんと結婚されています。お二人の間には男子も授かりましたが、2年後には離婚しています。
1968年、実業家の大伴昭さんと二度目の結婚をしました。大伴昭さんといえば、日本コカ・コーラなどの海外企業の日本での法人設立に参画したことで知られており、日本ポラロイドやキャノンといった有名企業の取締役を経て、カルティエ・ジャパンの社長にも就任されていたほどのビジネスマンです。
一度目の結婚で生まれた男子は大伴修さんといい、歌手として活動していた時期もあったようです。2001年には覚せい剤を知人に譲渡した容疑で逮捕されており、世間から注目されることになりました。現在は更生して、会社員として生活しているみたいですよ。
1968年、実業家の大伴昭さんと二度目の結婚をしました。大伴昭さんといえば、日本コカ・コーラなどの海外企業の日本での法人設立に参画したことで知られており、日本ポラロイドやキャノンといった有名企業の取締役を経て、カルティエ・ジャパンの社長にも就任されていたほどのビジネスマンです。
一度目の結婚で生まれた男子は大伴修さんといい、歌手として活動していた時期もあったようです。2001年には覚せい剤を知人に譲渡した容疑で逮捕されており、世間から注目されることになりました。現在は更生して、会社員として生活しているみたいですよ。
芳村真理さんの主な出演作品
映画作品
内容&あらすじ
帆立なぎさ、下田笛子、磯野サヨリの三人はウォーター女学院の学生である。貧乏建築家陸奥吾郎を恋人にもつなぎさは、結婚資金のためにバー「ラメール」でアルバイトをしている。「ラメール」の常連の一人、下田張吉は黒船ゴムの重役、腰ぎんちゃくの万年課長の亀野甲と夜毎来るのはなぎさが目当てらしい。下田氏は笛子の父親だが、二人の娘は知らぬ顔で各々下田氏から利益を得ている。ラッシュアワーの電車の中で笛子が痴漢と間違え、しかも好感をもってしまった青年というのが万年課長亀野甲の息子亀野幸雄であった。いささかややこしい。下田氏から熱海一泊旅行を誘われたなぎさは、経済上絶好のチャンスと笛子と万事合議の上、サヨリをつれて熱海に向った。
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生年月日:1935年4月3日
出生地 :東京都世田谷区
血液側 :AB型
職業 :女優・司会者
活動期間:1955年~