【大乃国康】ひたすら実直に相撲に取り組み、横綱まで昇りつめた愛されキャラ
2021年3月14日 更新

【大乃国康】ひたすら実直に相撲に取り組み、横綱まで昇りつめた愛されキャラ

大乃国康は1980年代に大活躍した力士です。200kgを超える大きい身体を活かして、通算560勝を挙げ、62代横綱にまでなりました。目じりの下がった柔和な顔であるためか、ジャイアントパンダなどという異名もあり、その風貌は気が優しくて力持ちというお相撲さんのイメージそのもの。大乃国が取る相撲にも優しい人柄と粘り強さが滲み出ていて、見ていてついつい応援したくなる癒し系・愛されキャラ――それが大乃国康だったのです。

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猛者ぞろいの80年代相撲界にあって正統派路線を貫く

大乃国が全盛期を過ごした1980年代後半は、強くて個性的な力士がゴロゴロしている時代でした。時代を築いた昭和の大横綱千代の富士とは活躍した時期がほぼ一緒ですし、一学年下には花の三八組といわれた北勝海、双羽黒、小錦がいました。他にも旭富士、北天祐、若島津などライバルたちが目白押しだったのです。
そんな中で大乃国は身長189cm、体重211kgと大きな身体を使ってスケールの大きい相撲を取り続けました。相手には真っ向からぶつかり、土俵際まで追い込まれても生来の腰の重さと懐の深さでこらえ、相手を組み止めれば、不利な態勢からでも寄りの強さで相手を土俵の外に追いやる――大乃国はそんな悠然としたスケール感のある美しい正統派相撲を見せてくれました。
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気弱さやもろさが垣間見えてしまうのも大乃国の魅力だった

大乃国は31回の優勝を飾った千代の富士のような圧倒的な存在感を見せつけるような力士ではありませんでした。いいところまでいくけれども優勝まではいかない、ここで勝てば優勝というところで勝ちきれない、2番手、3番手でいることが多かった力士でした。
愛嬌のある顔と大きなお腹でジャイアントパンダとも名付けられた大乃国。優しげな風貌なので千代の富士のように気迫で相手を圧倒できない、あるいは気迫を見せてもどこか相手をほっとさせるような雰囲気がこぼれてしまうのです。また大一番になるほど緊張してこわばった感が表情に出てしまうタイプでもありました。つまり大乃国は勝負師としては隙のある力士だったのです。それでも不安や弱気に支配されそうな気持を抑えながら、懸命に戦う大乃国の姿には多くの人が釘付けになり、熱烈なファンも多かったのです。

優勝は2回達成

大乃国は力士生活で2回の幕内優勝を飾っています。1回目は1987年の五月場所。このときは大関でしたが、神がかったような強さを見せ、なんと全勝優勝を遂げました。そして、この優勝のあと、12勝3敗、13勝2敗と優秀な成績を挙げ、第62代横綱になることができたのです。
第62代横綱となった大乃国

第62代横綱となった大乃国

2回目の優勝は1988年三月場所、張出横綱のときでした。千秋楽の結びの一番で13勝1敗でリードしていた北勝海と対決し、これに勝ち、相星の13勝2敗で優勝決定戦に臨み、再度北勝海に勝ち見事な逆転優勝を果たすことができました。

大乃国逆転優勝(昭和63年春場所)対北勝海戦

横綱で負け越すという不名誉な記録も

大乃国は横綱になっても苦しい戦いをし続けた力士です。横綱になってから8勝7敗という場所が3度もありましたし、7勝8敗で負け越してしまった場所もあります。
「横綱は11勝で勝ち越し」、「横綱は勝ち続け威厳を保たねばならない」という世間の暗黙の了解がある中、決してほめられたものではない場所を幾度も送りました。でも、そんな悪い成績の中で、厳しい評価に晒されながらも歯を食いしばり最後まで戦い抜いた大乃国の姿勢には多くの人々が勇気づけられたことも確かです。「世間体はどうあれ、自分は自分なりに精一杯力を尽くすことが一番大事」ということを大乃国は相撲を通じて示したかったのではないかと推察します。

28歳の若さで引退

大乃国は1990年に入り衰えが顕著になり、4場所連続で休場してしまい、休場明け3場所は10勝以上の成績を残しますが、病気・怪我による痛みでまた休場。進退を賭けた次の場所の途中で相撲へのモチベーションを上げられない自分自身に限界を感じ、引退を表明します。28歳9ヶ月での幕引きでした。
第62代横綱・大乃国の横綱の在位期間は3年足らずと、横綱としては比較的短命に終わりましたが、この期間に世間の注目を集めた話題として千代乃富士の連勝を53でストップしたというものがあります。

1988年12月場所、2場所連続の15戦全勝優勝をへて、これで勝てば3場所連続の15戦全勝という千代の富士。千秋楽の結びの一番で相対したのが大乃国でした。この一番、大乃国は最高の立ち合いを見せ、左上手をがっちりつかみ、腰を落とし千代の富士の身体を起こすことに成功します。半身となった千代の富士は不利な態勢の中、もがいて自分の有利な態勢にしようとしたところを大乃国が必死のがぶり寄りを見せ、そのまま千代の富士を寄り倒します。場内は大歓声、ざぶとんが飛び交う大一番となりました。それまで千代の富士の陰に隠れていた感のある大乃国が最高の輝きを見せた一番でもありました。

千代の富士53連勝でストップの瞬間(昭和63年九州場所)

引退後に芝田山を創設、親方として後進の指導を熱心に行う

大乃国は引退後、自分の所属した放駒部屋の部屋付き親方となりましたが、1999年に独立して芝田山部屋を開設し、現在も後進の指導を熱心に行っています。また、日本相撲協会でも理事となり、広報部長、総合企画部長として活躍しています。
芝田山部屋ホームページ

芝田山部屋ホームページ

「スイーツ親方」としてすっかり有名に

若い人たちは大乃国というと「スイーツ親方」と答えるかもしれません。現役時代から大乃国の甘いもの好きはよく知られていましたが、引退後、それに拍車がかかったようです。
今も相撲界でいろいろな仕事をしている大乃国ですが、趣味は巡業中のスイーツ食べ歩き。スイーツ好きが高じて、「全国スイーツ巡業(日本経済新聞出版社)」という本も出版しています。
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