20年前に日本一になった横浜ベイスターズを象徴する「マシンガン打線」を振り返ってみよう!
2018年5月1日 更新

20年前に日本一になった横浜ベイスターズを象徴する「マシンガン打線」を振り返ってみよう!

近年稀に見る戦力の充実ぶりで、今年は1998年シーズン以来のリーグ優勝、そして日本一の期待がかかる横浜DeNAベイスターズ。悲願成就を願って、今回、20年前の偉業達成時に一世を風靡した「マシンガン打線」の陣容を振り返っていきたいと思います。

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1番(遊)石井琢朗(29歳)‐打率.314 7本塁打 48打点  最多安打 盗塁王 ベストナイン ゴールデングラブ

石井 琢朗

石井 琢朗

マシンガン打線不動リードオフマンだったのが、この石井琢朗です。絵に描いたような俊足巧打のアベレージヒッターで、打席に立てば老獪なバッティングスキルを披露し、塁に出れば高い走塁技術を発揮したため、相手チームにとってひじょうに厄介な存在でした。現役通算4度の盗塁王、2度の最多安打を獲得し、日本人プロ野球選手歴代14位となる通算安打数2432安打を記録したその功績は、紛れもなくレジェンド級です。

ちなみに、「琢朗」という名前は本名ではありません。本当の名は、石井忠徳(ただのり)。もともとプロ入り当初投手だった石井は、打者転向を機に大成する字画の名前だということで現在の登録名を変更したそうですが、それにしても、「琢朗」のほうがしっくりきます。

2番(中)波留敏夫(28歳)‐打率.273 2本塁打 39打点

波留 敏夫

波留 敏夫

比較的小柄で、とっちゃん坊や的風貌だったこともあり、「ハマの突貫小僧」と呼ばれた波留敏夫。闘志を前面に押し出したプレーとチームを鼓舞し、クリーンナップへのつなぎ役として存分に活躍しました。そんな、ベイスターズ躍進の象徴的存在の一人だった彼が、2001年のシーズン途中、中日へあっさりトレードされた時には、けっこうショックを受けたものです。

3番(左)鈴木尚典(26歳)‐打率.337 16本塁打 87打点 首位打者 ベストナイン

鈴木 尚典

鈴木 尚典

来年は三冠王を獲ります…そんなふうに答えていた、当時の鈴木尚典のインタビューが忘れられません。同じチームのローズや巨人の松井などスラッガー揃いのセ・リーグにいながら、「三冠王」という目標を掲げるのが大言壮語に聞こえないほど、この時期における鈴木の打撃は突出していました。1997年に打率.335、1998年に打率.337というハイアベレージで2年連続首位打者に輝いた際には、「セ・リーグの鈴木、パ・リーグのイチロー」と並び称されたほどです。

が、2001年シーズンから退団したローズの代わりに4番を任せられるようになると、成績が低迷。2004年には2番で起用されたりもしましたが、結局、全盛期の輝きは取り戻せず、2008年にひっそりと引退してしまいました。

4番(二)ロバート・ローズ(31歳)‐打率.325 19本塁打 96打点 ベストナイン ゴールデングラブ

ロバート・ローズ

ロバート・ローズ

今考えると、鈴木が好成績を残せたのは、4番に彼が鎮座していたことも関係しているのでしょう。バッテリーの心理としては、このチャンスにめっぽう強い助っ人を迎えるにあたって、何としてでも、塁にランナーを溜めたくないし、3番の時点でアウトカウントが2つであれば、3アウト・チェンジを狙いたいところ。

そのため、鈴木には真っ向勝負が仕掛けられ、その結果、安打を量産できたとも言えます。2塁手でありながら、NPB在籍8年間で通算打率.325、1999年には打率.369、 153打点というとてつもない成績を残していることからも分かる通り、間違いなく、横浜史上最高の外国人選手でした。

5番(一)駒田徳広(36歳)‐打率.281 9本塁打 81打点 ベストナイン ゴールデングラブ

駒田 徳広

駒田 徳広

いまだ出ていないジャイアンツ生え抜きでの国内FA移籍をした名選手。その後の巨人の一塁を担った選手たちを見ると先見の明があったことは確実です。

いぶし銀の打撃で主軸の一角を担ったベテラン・駒田徳広。満塁の場面で歴代5位となる現役通算13本塁打を記録した「満塁男」の異名を取る勝負強いバッティングと、ゴールデングラブ賞を通算10回獲得した抜群の1塁守備でチームに貢献しました。

6番(右)佐伯貴弘(28歳)‐打率.289 9本塁打 55打点

佐伯 貴弘

佐伯 貴弘

ホームランよりも「繋ぐバッティング」に特化した、いかにも横浜らしい選手。2004年にはFA権を取得しながらも、当時の監督・牛島和彦氏の要望で残留。同年の契約更改時には、当時、2002年から3年連続最下位で客席がガラガラだった現状を憂い、「たくさんの人にハマスタへ来てほしい」との想いから、入場料を安くするよう上層部に掛け合ったという、横浜暗黒時代を知る者からすると、涙なくしては語れないエピソードも残しています。

7番(三)進藤達哉(28歳)‐打率.241 14本塁打 54打点 ゴールデングラブ

進藤 達哉

進藤 達哉

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