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巨人に移籍した2004年、ローズ選手は45本塁打を放ち、外国人野手では史上初の両リーグでの本塁打王を獲得します。ところが2005年、ローズ選手の守備を指摘した当時のコーチと激しく口論になった事も影響してかチーム内で次第に孤立。8月には右肩を故障。結局その年のオフに巨人を戦力外となります。
カブレラとの夢のクリーンナップを形成!
巨人退団後、アメリカに戻っていたローズ選手は、一時引退を表明していましたが、2007年の春季キャンプで入団テストを経て、オリックスバッファローズに入団。ブランクを全く感じさせず、この年、42本塁打、96打点を挙げる大活躍を見せるのです。
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2008年には西武から移籍したカブレラ選手と同僚になり、55本塁打記録を持つ二人のクリーンナップは相手チームの脅威となりました。当時、オリックスの2軍にはローズ選手と巨人時代にチームメイトで仲もよかった清原選手がおり、オリックスファンはカブレラ、ローズ、清原の3人が揃うのを夢に見ていたのです。
2009年のオフ、シーズン中の骨折を公傷とするか否かをきっかけに契約交渉が難航。オリックスとしては来季も戦力として評価していたもののローズ選手の代理人から連絡が無かった事により、交渉が打ち切られ、ローズ選手はオリックスを退団する事になりました。日本プロ野球に在籍した13年間で464本の本塁打を放った大物外国人助っ人の「去り際」はなんとも寂しいものとなったのです。
(※FA権利を取得したローズ選手は、2005年からは日本人扱い)
2009年のオフ、シーズン中の骨折を公傷とするか否かをきっかけに契約交渉が難航。オリックスとしては来季も戦力として評価していたもののローズ選手の代理人から連絡が無かった事により、交渉が打ち切られ、ローズ選手はオリックスを退団する事になりました。日本プロ野球に在籍した13年間で464本の本塁打を放った大物外国人助っ人の「去り際」はなんとも寂しいものとなったのです。
(※FA権利を取得したローズ選手は、2005年からは日本人扱い)
「退場王」としての一面
普段は陽気な性格で、ファンサービスにも積極的なローズ選手でしたが、グラウンド内では激高する事が度々あり、退場を宣告されることが多かったのです。課された退場処分は史上最多記録の14回。
「死球を当てられた、危険な球を投げられた」という事もですが「ストライク・ボールの判定を巡って」審判に暴言を吐いて退場処分を受けるというケースも多く見られました。
「死球を当てられた、危険な球を投げられた」という事もですが「ストライク・ボールの判定を巡って」審判に暴言を吐いて退場処分を受けるというケースも多く見られました。
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「元何のローズ」と言うのが正解なのだろうか?
近鉄、巨人、オリックスの3球団で活躍したローズ選手。実はこの記事を書く前、筆者は彼の事を「元何のローズ」と言うのが正解なのだろう?と思っていました。「元近鉄」なのだろうか?「元巨人」なのだろうか?「元オリックス」なのだろうか?
いえ…どれも違う事に気付かされました。彼に「元」と付けるのはまだ早いのです。
なぜならタフィ・ローズ選手は「富山GRNサンダーバーズ」の現役選手(兼野手コーチ)として今も戦い続けているのですから。(2016年2月現在)
いえ…どれも違う事に気付かされました。彼に「元」と付けるのはまだ早いのです。
なぜならタフィ・ローズ選手は「富山GRNサンダーバーズ」の現役選手(兼野手コーチ)として今も戦い続けているのですから。(2016年2月現在)