「ビックリしましたよ。だって当然、自分が行くもんだと思っていたら、西本が出ていったんですから……あれ、コイツ、いつの間にブルペンにいたんだって感じでした。それはもう、ものすごいショックですよ。ベンチは僕じゃなく、西本を選んだんです。本当に悔しくて……心が一気に冷えてしまいました」
「僕は投げるつもりがなかったので、すごく慌てました。準備もできていませんでしたし、気持ちがまとまらないままでした」(西本)
ここ一番で脆いエースはケガに苦しみ、意気に感じるNo.2は絶好調だった。第6戦の土壇場で逆転し、なんとしてもここで西武の息の根を止めたい――指揮官がそう考えたのも無理はない。藤田監督が最後の1イニングを託したのは、江川ではなく、西本だった。
9回裏、西本は1死満塁のピンチを招き、石毛宏典の内野安打で同点にされ延長戦に突入。
10回裏からは江川が登板した。しかし、すでに心が冷えていた江川は、2本のヒットを打たれツーアウト1、2塁から金森栄治にサヨナラヒットを打たれてしまった。
10回裏からは江川が登板した。しかし、すでに心が冷えていた江川は、2本のヒットを打たれツーアウト1、2塁から金森栄治にサヨナラヒットを打たれてしまった。
1983 西武-巨人 日本シリーズ 第6戦① ライバル伝説 江川 西本 - YouTube
日本シリーズの名勝負中の名勝負! 1983年の伝説の日本シリーズをダイジェストにて! 往年の名選手達が勢ぞろいです。
via www.youtube.com
1983 西武-巨人 日本シリーズ 第6戦② ライバル伝説 江川 西本 - YouTube
日本シリーズの名勝負中の名勝負! 1983年の伝説の日本シリーズをダイジェストにて! 往年の名選手達が勢ぞろいです。
via www.youtube.com
「僕は第7戦のマウンドに立ったとき、初めて巨人のエースというものの重みを感じたのかもしれません。僕はずっとNo.1になったことはないし、いつも№2でしたから……そういうプレッシャーもあって、あのピッチャーゴロを捕れなかったんじゃないかと思います。大田さんも田淵さんも足が遅いし、あんなにダブルプレーにおあつらえ向きのピッチャーゴロはないわけですよ。インコースへシュートを詰まらせて、思い通りの打球を打たせたのに、あのゴロが捕れない自分なんてとても想像できませんでしたから……」(西本)
1983 西武-巨人 日本シリーズ 第7戦 西本聖 - YouTube
日本シリーズの名勝負中の名勝負! 1983年の伝説の日本シリーズをダイジェストにて! 往年の名選手達が勢ぞろいです。
via www.youtube.com
ノーアウト満塁から、テリー・ウイットフィールドが弾き返した打球は左中間を破って、塁上のランナーがすべてホームに還ってきた。2-3と逆転され、そのまま、西武に2年連続の日本一を許してしまった。江川と西本の日本シリーズは、終わった――。
ライバルを失った西本
そして4年後の87年シーズンオフ、西本は疲れを癒やすため、温泉旅館にいた。何気なくテレビをつけたら、江川が会見を行っている。江川が引退を表明したのだ。「ふざけるな」って思いましたね。自分はどうすればいいんだって。1回くらい、勝ち星で上回りたかったのに、もう抜くことができないわけでしょう?
光と影
当時を振り返ってみると、いつも「江川さんに勝つ」という目標があったから、つらい練習も乗り越えることができた。そして通算勝ち星でやっと、江川さんを超えたんです(西本165勝。江川135勝)。
via labola.jp
西本と江川のライバル関係は光と影に例えられる。一般的にはエリートで怪物ともてはやされてきた江川が光で、甲子園出場もなくドラフト外で入団した西本が影だという印象があるが、本当にそうだろうか?
1980年の開幕投手は江川。81年の開幕投手は西本。82年は江川、83年は西本。84年は江川。85年は西本、86年は江川、87年は西本。このように交互に4回づつ開幕投手を務めてきた。
この間、江川が開幕投手の年は優勝できず、西本の時には3回優勝している。
この事実は、何を語っているのだろうか。
江川の入団の経緯を考えれば、江川も影を背負っていたとも言える。
江川が5冠王に輝いた年、沢村賞を獲得したのは西本だった。このことは二人の関係に影を落とし、因縁を作った。
しかし、江川が唯一ライバルと認めた男は西本だった。
そして、西本が輝くことができたのは、江川がいたからだ。
1980年の開幕投手は江川。81年の開幕投手は西本。82年は江川、83年は西本。84年は江川。85年は西本、86年は江川、87年は西本。このように交互に4回づつ開幕投手を務めてきた。
この間、江川が開幕投手の年は優勝できず、西本の時には3回優勝している。
この事実は、何を語っているのだろうか。
江川の入団の経緯を考えれば、江川も影を背負っていたとも言える。
江川が5冠王に輝いた年、沢村賞を獲得したのは西本だった。このことは二人の関係に影を落とし、因縁を作った。
しかし、江川が唯一ライバルと認めた男は西本だった。
そして、西本が輝くことができたのは、江川がいたからだ。