80年代洋楽ブームの中の怪『ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い』次々と参加アーティストが不幸に見舞われる。
2016年11月8日 更新

80年代洋楽ブームの中の怪『ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い』次々と参加アーティストが不幸に見舞われる。

80年代洋楽ブームの中、名曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」に参加した多くのミュージシャンたちが、その後、急速にスターとしての輝きを失ってしまい、驚く程ヒットを出していない。ウィ・アー・ザ・ワールドの怪奇・呪いについて、考察してみましょう。1980年代を代表するマイケル・ジャクソンやライオネル・リッチーなどの代表曲も揃っています。

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USAフォー・アフリカ「ウィ・アー・ザ・ワールド」(We Are The World・1985年)

we are the world(ウィ・アー・ザ・ワールド)

ウィ・アー・ザ・ワールド(We Are The World)は、1985年にアメリカで発売された歌で、著名なアーティストがUSAフォー・アフリカとして集結して完成させた。この歴史的なセッションの数日前の1月22日、ケニー・ロジャースが所有するライオン・シェア・スタジオにてクインシー・ジョーンズ、マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチー、スティーヴィー・ワンダーが集まって先行レコーディングを行い、翌日にマイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチーによるデモテープが完成し、参加者に送られた。

そして1985年1月28日の夜、アメリカン・ミュージック・アワードの直後、アメリカ・ポップス界を代表する45人がハリウッドのA&Mスタジオに集結してレコーディングされた。この夜、マイケル・ジャクソンはアメリカン・ミュージック・アワードを欠席し、一足先にコーラスの目安に使うためのガイド・ボーカルの録画を行っていた。21時を過ぎると、続々とアーティストが到着してきた。 ライオネル・リッチーはアメリカン・ミュージック・アワードの司会、シンディ・ローパー、ティナ・ターナーは歌ったりと、多くのアーティストがこの授賞式から直行であった。22時、クインシー・ジョーンズの提案で、先ず45人のアーティストが全員でユニゾンと、ハーモニーのパートを録音。そしてコーラスの間のソロ・ボーカルの録音は、約20人のアーティストによって翌日早朝4時に始まり、午前8時にようやくすべてのレコーディングが終了した。

「ウィ・アー・ザ・ワールド」の参加アーティストが次々と不幸に見舞われる。

「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」

「ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い」

『ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い』(NHK出版新書)。プロジェクト参加アーティストが失速したという「呪い」が注目されがちだが、音楽ファンなら必読の壮大なアメリカン・ポップス史だ。

1985年、アメリカン・ポップスの
青春が終わりを迎えた……

1985年に発表された〈ウィ・アー・ザ・ワールド〉は、白人と黒人が真の融合を果たしたチャリティ・ソングとして名高い。しかし、皮肉にもこの曲をきっかけにして、アメリカン・ポップスはかつての輝きを失ってしまった……。奇跡の楽曲が生まれた背景に迫るとともに、その「呪い」を検証する!
西寺氏によると「参加した現役世代のアーティストは、翌1986年までの2年間で自身の調子を最大に上げた後、軒並み失速する」(『ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い』より)というのだ。

突拍子もない説に聞こえるかも知れないが、同書では実際に参加したアーティスト名とセールス記録が列挙してあり、この説を裏付けしている。

そこにはスティーヴィー・ワンダー、ビリー・ジョエル、ホール&オーツ、シンディー・ローパー、そして「We Are The World」をマイケル・ジャクソンと一緒に作曲したライオネル・リッチーと、音楽史上に名前を残すビッグネームが並ぶが、彼らはその後驚く程ヒットを出していない。

「マイケル・ジャクソン」 幼児虐待疑惑や整形手術など音楽以外のことがクローズアップされ、2009年、麻酔薬で心肺停止に陥り死亡。

『スリラー』(原題:Thriller) Michael Jackson - Thriller

1983年12月には後の多くの調査でミュージックビデオの最高傑作と目される「Thriller」がMTVで初公開された。

約14分の大作であるこのビデオではマイケルが狼男に変身したり、ゾンビとダンスを踊ったりと、特殊効果を多用したその映画的な構成が話題となった。

1999年のMTVによる「今まで作られたビデオの中で最も偉大なベスト100」でも1位に輝いている。また、この年の年末にはペプシと大型スポンサー契約も結んでいる。
1985年、アフリカ飢餓救済のためのプロジェクト「USA for Africa」に参加。「We Are The World」ではライオネル・リッチーと共に作詞作曲を手掛けた。

「ビリー・ジーン」(Billie Jean) は、1983年にマイケル・ジャクソンが発表した楽曲、及び同曲を収録したシングル。Michael Jackson - Billie Jean

1983年1月、のちに自身最大のヒットシングルとなる「Billie Jean」を発表。アルバム『Thriller』からの第2弾シングル。5月にはモータウン25周年記念に出演しムーンウォークを初披露する。
1993年8月、性的虐待疑惑が浮上。裁判が推定7年近くかかること、またマイケルが精神的に危険な状態にあったことなど音楽活動への多大な影響を懸念して和解。

しかし和解を結んでしまったことで世間からは偏見の目を向けられ、後のマイケル・ジャクソン裁判まで尾を引くことになる。

「バッド」(原題: Bad)とは、マイケル・ジャクソンのアルバム、Badの表題曲。Badからの第2弾シングルカット。Michael Jackson - Bad

バッド(原題:Bad)はマイケル・ジャクソンのアルバム。 1987年8月31日に発売された。表題曲「Bad」のショートフィルムは、私服警官に強盗と間違えられて射殺されてしまった青年の実話を基に制作された。
マイケル・ジャクソンに対する過失致死事件(マイケル・ジャクソンにたいする かしつちしじけん)とは、アメリカ合衆国の歌手であるマイケル・ジャクソンが、元主治医の過失によって死亡した事件。
Googleにおける2009年6月25日の「Micha...

Googleにおける2009年6月25日の「Michael Jackson」のアクセス数の推移。

左の矢印はマイケル死亡が確認された14時26分、右は死亡が報道された14時44分

マイケルの死は、各国のメディアでトップニュースとして報道された。CNNやBBCなどが報道特別番組を組み、病院前から24時間体制で生放送を続けた。

インターネット上で最初に報道したのはアメリカのセレブリティ専門サイトのTMZで、死後18分後という異例の速さだった。その後、ロサンゼルス・タイムズがその7分後に続いた。

2つのサイトはアクセス数の急増によってダウン。

大手検索エンジンGoogleでは検索数が一時猛烈に跳ね上がり、「Michael Jackson」の検索がスパムとみなされ不可能となるという事態が起こった。

Twitterでは6月29日に「1秒あたり456件」検索された。

「ライオネル・リッチー」 1986年の「セイ・ユー、セイ・ミー」以降、精神を病み、坂道を転げ落ちるように転落。

Lionel Richie - All Night Long (All Night)

オール・ナイト・ロング(原題:"Can't Slow Down")は、1983年10月11日に発売されたライオネル・リッチーの2枚目のアルバムである。

全米、全英、全豪のアルバム・チャートで1位を獲得。1985年の第27回グラミー賞で最優秀アルバム賞を受賞している。
アメリカでは"Hello"と"All Night Long (All Night)"の2曲がシングルカットされ、いずれも全米1位を記録している。

原題は1曲目の曲名でもある"Can't Slow Down"であるが、日本ではシングルカットされた"All Night Long (All Night)"の邦題である「オール・ナイト・ロング」がアルバムタイトルとされた。
1985年にはマイケル・ジャクソンとの共作で、USAフォー・アフリカのチャリティー曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」を作曲。居並ぶスーパースターたちの中で名誉ある歌い出しを務めた。

1986年発表の『セイ・ユー、セイ・ミー(Dancing on the Ceiling)』からは「セイ・ユー、セイ・ミー」が自身5曲目の全米1位を獲得するが、この後ライオネルはしばらく表舞台から退いた。なお、「セイ・ユー、セイ・ミー」でアカデミー歌曲賞を受賞している。

1996年に、10年ぶりとなる復帰作を発表し、その後もマイペースでアルバムを発表しているが、母国アメリカではヒットしなかった。

近年では、養子の娘ニコール・リッチーがテレビパーソナリティとして人気者となっており、また、離婚した元妻から請求された莫大な慰謝料と豪勢な生活ぶりが報じられるなど、音楽以外の面で話題になってしまっている。

「ハロー (心の扉)1984年2月13日に発売されたライオネル・リッチーのシングル Lionel Richie - Hello

ライオネル・リッチー『セイ・ユー、セイ・ミー(Dancing on the Ceiling)』(1986年) Lionel Richie - Say You, Say Me 1985

「ビリー・ジョエル」 2000年以降、アルコール依存症や鬱病が原因で入院したり、私生活がめちゃくちゃになってしまった。

「ピアノ・マン」 (Piano Man) は、ビリー・ジョエルによってリリースされた最初のシングル。 Billy Joel - Piano Man

1974年にリリースされたとき、このシングルはトップ10に入らず(ビルボード25位)、このときには中ヒットとしておさまり、この後3〜4年間は、ラジオでもあまり流されなかった。

しかし、1977年にビリーのアルバム『ストレンジャー』がリリースされてから、急にスーパースターの地位まで上昇し、まもなくこの曲も、彼の最もよく知られ、ラジオでヒットした曲の1つとなり、そのタイトルから、ビリーの代表曲とまで考えられるようになった。

今日でもこの曲の人気は続いており、2011年07現在では、iTunes Storeのビリーの曲として1位にランクされた。ビリーのコンサートでは、この曲が非常に知られているため、コーラスの部分を聴衆に歌わせるのがお約束となっている。ビリーはしばしば、コンサートの最後を「ピアノ・マン」で締めくくる。
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  • 言わせて下さい 2018/5/2 16:08

    We Are the World 以降のボスのアルバム

    1987年 『トンネル・オブ・ラヴ』 Tunnel of Love (全米1位)
    1992年 Human Touch (全米2位)
    1992年 Lucky Town (全米3位)
    1995年 The Ghost of Tom Joad (全米11位)
    2002年 The Rising (全米1位)
    2005年 Devils & Dust (全米1位)
    2006年 We Shall Overcome:The Seeger Sessions (全米3位)
    2007年 Magic (全米1位)
    2009年 Working on a Dream (全米1位)
    2012年 Wrecking Ball (全米1位)
    2014年 High Hopes (全米1位)

    なお Human Touch と High Hopes はオリコンチャートでも首位を獲得

    アルバムチャートがすべてではありませんが、これほどのアーティストを何故輝きを失ったと仰せられるのか疑問です。

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