【異端の最強牝馬】ヒシアマゾン
2016年11月25日 更新

【異端の最強牝馬】ヒシアマゾン

強烈なパフォーマンスと人々の記憶に残るレースの数々だったヒシアマゾン。調教技術の向上により現在では、牡馬を相手に活躍する牝馬は多くなってきたが、その先駆けともいえるヒシアマゾンを追っていきます。

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重賞5連勝をマークして臨んだエリザベス女王杯。相手はオークス馬チョウカイキャロルだけだった。ヒシアマゾンはいつも通り後方からレースを進める。直線に入りチョウカイキャロルが抜け出す、その外からヒシアマゾンが襲い掛かる。ゴール前100mから内アグネスパレード、中チョウカイキャロル、外ヒシアマゾンの壮絶なたたき合いが繰り広げられる。先にアグネスパレードが脱落したが2頭のたたき合いはゴール板まで続く!そして、長い写真判定の後にわずか3センチ差でヒシアマゾンが勝利を収め、重賞6連勝という偉業も達成した。

史上最強牝馬の誕生

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4歳牝馬の有馬記念挑戦は想像以上の壁がある。しかも、この年のライバルには史上最強3冠馬の呼び声高いナリタブライアンを筆頭にライスシャワー・ネーハイシーザー等々今まで戦ったきた馬たちとは比べ物にならない相手だった。そのことが影響してか、重賞6連勝、G12勝という戦績がありながら単勝6番人気に甘んじていた。しかし、鞍上の中舘騎手は相手はナリタブライアンだけと考えており、上手く立ち回ればもしかしたら・・っという思いがあった」
レースでは後方を進み、ナリタブライアンが動いたのを見ると進撃を開始。4コーナーでの手ごたえは抜群であったが、いざ並びかけると一気に置き去られてしまった。しかし、普通の牝馬であればこの時点で戦意喪失してもおかしくないが、ヒシアマゾンの闘志は衰えることなく追いすがった。結果は3馬身差の2着であったが他の歴戦の古馬たちは寄せ付けない強さを見せたのであった。

夢に消えた海外遠征

明け5歳となったヒシアマゾンにアメリカ遠征の話が浮上した。中野調教師は牝馬同士であれば、良い勝負ができるっと確信があった。そして、満を持してアメリカに渡った。慣れない環境の中徐々に体調をあげ始めていたヒシアマゾンであったが、レース週に故障が判明し、海外G1勝利は夢絵と消えてしまった。

そして復活へ

第15回 ジャパンカップ ランド 1995年11月26日(日) 5回東京8日 天候: 晴 馬場状態: 良 10R 3歳以上・オープン・G1(定量) (国際)(指定) 芝 2400m 15頭立 1 ランド 2 ヒシアマゾン 3 エルナンド 4 タイキブリザード 5 アワッド 6 ナリタブライアン 7 ロイスアンドロ...
故障自体は回復も早く、復帰初戦は高松宮杯だった。しかし、ヒシアマゾンは激しく引っかかり初めてハナをきる競馬で直線は失速、デビュー以来の12戦連続連対がここで途絶えてしまった。
しかし、しっかりと立て直した陣営の努力もあり、オールカマー・京都大賞典と連勝する。最高の形でジャパンカップを迎えた。
レースはいつも通り後方から進め、直線に入り外から豪脚で強襲したがドイツ代表のランドにあと一歩及ばなかった。

脚元との闘い

明け6歳となったヒシアマゾンだが、以前の闘志がレースで発揮されなくなってきていた、それだけではなく脚部不安も出てくるようになった。休養明けの安田記念を10着となり再び休養へ入る。何とか秋のエリザベス女王杯に間にあった。レースでは久しぶりに闘志あふれる姿が見られ2着としたが、直線の斜行により7着へ降着となった。そして、7歳も現役続行の予定であったが、もう脚元は限界だった。屈腱炎を発症し引退。繁殖牝馬となった。

おわりに

ヒシアマゾンと中舘騎手、一方では他の騎手が乗ればもっと違う騎乗で多くのG1をか勝てたと言われることがある。しかし、中舘騎手だらこそヒシアマゾンは素晴らしい個性とパフォーマンスを発揮できたのだと思う。レースは後方を進み、4コーナーで先行集団に取りつき外から力でねじ伏せる。ヒシアマゾンは当時も今も競馬ファンを魅了する稀代の名馬だ。
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