山崎一夫 「困ったときは山ちゃん」 みんなのために密かにがんばって密かに泣いて、そしてみんなに好かれている山ちゃん
2016年11月25日 更新

山崎一夫 「困ったときは山ちゃん」 みんなのために密かにがんばって密かに泣いて、そしてみんなに好かれている山ちゃん

プロレス業界において ちゃんとしていてるイメージもある山崎一夫 「いや常識人というか、 ただ周りにそうじゃないひとが多かったんで、 新日本の道場に入って寮長が前田(日明)さんなわけで、 そこからおかしいじゃないですか(笑)」

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「最初は自己満足でやりはじめたわけですが
見られているうちに自分のためだけに試合をするわけではないんだということに気づきました
見ている人はプロレスラーが頑張っている姿を見て自分も頑張ろうと思ったりする
勇気を与えているとかってそんなかっこいいもんじゃないんですけど
人の役にも立っているんだっていうことがわかりました
するとそれが、今度は自己満足を越えようとする力にもなるんです」

【ザ・ケンカファイト】橋本真也VS小川直也 -1999.1.4.東京ドーム- - YouTube

-1999.1.4.東京ドーム-
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 (1557370)

「これはないでしょう これはないんじゃないですか」

「これはないでしょう これはないんじゃないですか」

1999年1月4日、
小川直也vs橋本真也
山崎は橋本のセコンドについた
小川のセコンドには佐山がついていた
小川に一方的に橋本はボコボコにされ
試合後、山崎は小川と佐山に詰め寄っていった
「これはないでしょう
これはないんじゃないですか」
「そうだな
そうだな」
と佐山は答えたという
「(試合前)あの橋本が異常にナーバスになっている
これはおかしいと思っていると橋本から『セコンドにいてくれませんか?』って
もちろん『よし、わかった』ってね
できるだけ側にいてやろうと思った
だけどまさかあそこまでの展開になるとは…
僕の想像を越えていました
(詰め寄っていったときは)
ブチ切れていたから何をいったから覚えていません
やっちまおうという気持ちになっていましたね
後で色々と背景とか考えさせられたけど
あの瞬間は初めてキレました
でもあそこで踏みとどまったのは目の前に佐山さんがいたから
一宿一飯の恩義があるから」

引退

レスラーをやってて本当によかった…」

レスラーをやってて本当によかった…」

山崎は引退した
肉体は限界だった
肺挫傷、気管支拡張症も患っていた
37歳
早いし惜しい引退だった
「プロレスは本当に面白い分野だと思います
反則が4秒間は認められているとか場外カウントがあったり、1,2,3で返せばセーフとはちょっと曖昧なんだけど
そういうことがリングの上だけじゃない部分もあったりして
ただ殴ればいい、蹴ればいいだけじゃないし、
頭を使わなきゃいけない部分もあれば、そういう変な緩い部分もある
それをひっくるめて楽しめちゃう人はずっとプロレスを観るんだろうなって
だからプロレスって本当に深いんですよ」
 (1557384)

神奈川県綾瀬市で整体治療院を経営している
「練習もしないで・・・」
といわれながらも学校に通い鍼灸師の資格を取得していた
「新弟子時代に腰が痛くて治療院に連れていってもらったら、すっかりよくなってビックリしたことがあります
もしぼくがプロレスを辞める日が来たら患者さんにこういう喜びを与えられる人になりたいって思いました
でもプロレスラーやりながら学校に通って国家資格を取るのはたいへんでした」
また
解説者や格闘技番組などテレビでも活躍中である
解説者としては
元プロレスラーらしからぬとても優しくわかりやすい口調が特徴だが
熱くなると選手にマイク越しで発破を掛けてしまうときもある
ただ挨拶がしたかった

ただ挨拶がしたかった

「藤原喜明vs前田日明 SPECIALトークバトル in 猪木酒場」が開催されたとき
山崎は一観客として参加していた
途中、藤原と前田に促され壇上に立たされたが
来場した理由は
ただ先輩に挨拶がしたかったからだといった
「今回は挨拶がしたくて
このような場で光栄です」

前田×藤原 のコピー - YouTube

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