アンディ・フグ【極真時代】青い目の空手家 Blue Eye Samurai
2018年11月30日 更新

アンディ・フグ【極真時代】青い目の空手家 Blue Eye Samurai

ヨーロッパの小国、スイスで生まれた少年は、極真空手に一目ぼれした。 決して大柄ではないが鍛え上げられた肉体、高い身体能力と精神力、哲学者的風貌。 「青い目のサムライ」は、海を渡り、踵落としで空手母国:日本を席巻した。

6,861 view

幻の名勝負 アンディ・フグ VS 緑健児  Andy Hug VS Kenji Midori Kyokushin 極真空手

スイスで行われた国際大会の準優勝で、アンディ・フグは、前回の世界大会で、165cm、70kgの体でベスト16に入った緑健児と対戦し判定勝ち。
決勝でも勝って優勝した。
緑健児は、世界大会のある試合で、気持ちが弱くなってしまい負けた。
どうしようもなく自己嫌悪に陥り引退した。
そして田舎に帰って家業を手伝い、ダンプの運転手をしていた。
しかしダンプを運転していても考えるのは空手のことばかり。
ある日、大山倍達の命でスイスで演武を行うことになった。
現地にいくと試合の出場も依頼され参加。
そしてアンディ・フグに負けたことで火がついた。
帰国後
「もう1度やってみよう」
と1日8時間、ハードトレーニングを開始した。

第5回世界大会 アンディ包囲網

アンディ・フグ VS ヨハン二・ベプセライネン  Andy Hug VS Johanni Vepselainen kyokushin

1991年、第5回極真空手世界大会に出場したとき、アンディ・フグは27歳だった。
その肉体はさらにビルドアップされ、ニックネームも「アルプス最強の男」から「ヨーロッパ最強の男」とグレードアップ。
優勝候補と目された。
しかし3度目の世界大会挑戦は、非常に険しい山(トーナメント)登りとなった。
1回戦:ビガーゼ・タリエル、194㎝112㎏。
2回戦:ヨハン・ブプセライネン、201㎝115㎏。
3回戦:ウラジミール・クレメンテフ、196㎝105㎏。
この明らかに作為的なトーナメントの組み合わせは「アンディ包囲網」と呼ばれた。
しかし80㎏台アンディ・フグは勝ち進んでいった。

vs フランシスコ・フィリョ 反則? 生涯初の失神KO負け

Kyokushin Karate 極真空手 衝撃KO 第5回全世界 アンディVSフィリョ

そして4回戦、事件が起こった。
前回の世界大会の準決勝で、アンディ・フグはアデミール・ダ・コスタを踵落としからローキックというコンビネーションで破った。
今回は、アデミール・ダ・コスタの弟弟子となるフランシスコ・フィリョと対戦。
20歳のフランシスコ・フィリョは、世界大会初出場だったが、圧倒的な強さをみせて勝ち上がっていた。
それに比べると今大会のアンディ・フグはオーラが少なかった。
3回戦終了後に行われた試割り審査で、隣で失敗したフランシスコ・フィリョをみてガッツポーズをとったのもアンディ・フグらしくなかった。
試合は、共に蹴りが得意なもの同士、パワフルで華麗な殺人的な蹴りが飛び交うスリリングな展開となった。
しかし明らかにアンディ・フグのフランシスコ・フィリョの蹴りに対するディフェンスには問題があった。
しっかり顔面をガードし、あまり動かすべきでない腕を伸ばしてしまい、フランシスコ・フィリョの蹴りに体をのけぞらせてしまう。
しかし試合は両者よく攻め合い一進一退で進んだ。
 (2040422)


「ヤメ」
審判が試合を止め両者を分けようとした瞬間、ガードを下したアンディ・フグの顔面をフランシスコ・フィリョの左ハイキックが蹴り抜いた。
アンディ・フグは意識を失いマットに落ちた。
生涯初の失神KO負けだった。
フランシスコ・フィリョの反則かとも思われたが、審判委員長である大山倍達は
「たしかに試合はスポーツだが、それ以前に極真空手は実戦を想定した武道である。
武道である以上、たとえ第3者が「止め」を宣告してもスキをみせてはならない。
これは倒されているアンディの明らかな負けである」
とした。
見事な裁定かもしれないが、アンディサイドからみれば、まさに
「アンビリーバブル」
再びアンディ・フグは悲劇の主人公となった。

平成3年 極真 第5回 全世界選手権大会 ②The 5th World Kyokushin Karate Tournament in 1991.No2

この大会で、黒澤浩樹の激烈な下段回し蹴りが、大型の外国人選手を戦闘不能や戦意喪失させた。
緑健児に体重判定敗れたものの、間違いなく最強だった。
岩崎達也とジャン・リビエールが同時に後ろ回し蹴りを放ち、岩崎達也がノックアウトされ、
アンディ・フグはフランシスコ・フィリョの上段回し蹴りでノックアウトされた。
そして増田章との壮絶な決勝戦に勝ったのは、スイス大会でアンディ・フグに負けた緑健児だった。
極真空手の世界大会はいつもそうだが、この大会もドラマチックだった。
72 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

アンディ・フグ【K-1時代~最期の戦い】 We Will Rock You 夢はあきらめるな

アンディ・フグ【K-1時代~最期の戦い】 We Will Rock You 夢はあきらめるな

キックボクサーが有利なK-1で、唯一、王者になった空手家。 30歳を過ぎてK-1のリングに飛び込み、3戦目にチャンピオンだったブランコ・シカティックを撃破! K-1グランプリ 2年連続1回戦KO負けした後、空手家として初の優勝!! 白血病との最期の戦いも、ドクターストップによって終わったが、青い目のサムライはギブアップしなかった。
RAOH | 11,806 view
黒澤浩樹  圧倒的な空手家  驚異の下段回し蹴り 格闘マシン  ニホンオオカミ 反骨の戦士

黒澤浩樹 圧倒的な空手家 驚異の下段回し蹴り 格闘マシン ニホンオオカミ 反骨の戦士

他の一切を拒否し「最強」を目指すことのみに生きた男。 敵の脚と心をへし折る下段回し蹴り(ローキック)。 ルール化された極真空手の試合においても、ポイント稼ぎや体重判定、試割判定で無視し、倒すこと、大きなダメージを与えることを目指す姿は、まさに孤高のニホンオオカミ。 また指が脱臼し,皮だけでぶら下がっている状態になったり、膝の靱帯が断裂しグラグラになっても、絶対に自ら戦いをやめない格闘マシン。 総合格闘技やキックボクシング(K-1)への挑戦し戦い続けた反骨の戦士。 黒澤浩紀は、最期まで退くことを知らず死んでいった。
RAOH | 50,120 view
石井和義の流儀 月給11万円の指導員は突如クーデターを起こした

石井和義の流儀 月給11万円の指導員は突如クーデターを起こした

「アマチュアは勝利にこだわる。当たり前の事です。アマチュア競技は参加料を払って、競技大会に加わり、勝ち負けを競い、栄光の証としてトロフィーや賞状を授与される。勝利のために努力精進する過程において肉体と精神を鍛える それがオリンピック精神であります。しかし、プロ精神は違います。お客様を感動させ満足させて、いかに勝つか、いかに負けるかです。それが銭が稼げるプロ、プロは稼いでなんぼです」
RAOH | 49,724 view
松井章圭 極真の継承者

松井章圭 極真の継承者

世界大会でアンディ・フグに勝って優勝した後、選手を引退。 やがて大山倍達とケンカ別れして極真を飛び出した。 ‘‘イトマン事件‘‘を起こした許永中、``政界最後のフィクサー``と呼ばれた福本邦雄のもとで働き、3年後、復帰。 大山倍達の死後、極真会館の2代目館長に指名されるも、先輩や後輩である支部長たちと内紛が起こり、極真は分裂した。 一見、クールだが1番ガンコな松井章圭館長は、自らの信じる方向に進み、道を拓いていった。
RAOH | 52,002 view
角田信朗  冷徹なリングでモロに感情を露出させる愛と涙と感動のファイター!

角田信朗 冷徹なリングでモロに感情を露出させる愛と涙と感動のファイター!

K-1や空手のトーナメントでの優勝経験ナシ。 なのに正道会館の最高師範代であり、メディアへの露出度も多い。 特筆すべきは彼の試合は、その人間性や感情があふれ出てしまうこと。 これは選手としても、レフリーとしてもそうで、インテリとむき出しの感情を併せ持つ愛と涙と感動の浪花男なのである。 最近、ダウンタウンの松本人志との騒動が話題になり、角田信朗の人間性を批判する人もいるが、私はその批判している人の人間性を疑っています。
RAOH | 21,298 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト