2016年11月25日 更新

昭和最後の完全試合投手【今井雄太郎】を変えたコップ1杯のビール

今井雄太郎は1970年代から80年代にかけて活躍した阪急ブレーブスの「主戦(エース)投手」。大酒飲みだったことから授かった称号が”酒仙投手”。酒にまつわる逸話とともに今井雄太郎について振り返る。

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ノミの心臓

「あのころの阪急は投手王国。米田哲也さん、梶本靖郎さん、山田久志 さんたちがいた。二軍で好投して上げてもらってもなかなか登板機会がないから、調子を落としてしまう。いつごろからか、『今井は一軍のマウンドではアガる んだろう』と言われ始めた。確かに一軍のマウンドに立つと、打たれた過去ばかりが頭をよぎり、結果を出そうと気負ってしまった。入団から7年間で6勝。い つクビになってもおかしくなかった」
 電車の連結手だった新潟鉄道管理局から70年ドラフト2位で阪急入り。毎年期待されながら7年目まで通算6勝8敗。1軍と2軍を行ったり来たりする“エレベーター”選手だった。「もう辞めようか」。オフになると妻とそんな話ばかり。大洋へのトレード話も出たのは完全試合達成の9カ月前だった。
 29歳となった78年も前期は1勝止まり。いい投球していても、走者を出すと四球を連発してその後に痛打されるというパターンの繰り返しで、1軍ベンチにはいたが、役目は敗戦処理ばかりになっていた。
ライオンズ・クラシック2009第2章セレモニーの発表! | 埼玉西武ライオンズ オフィシャルサイト (1530671)

1978年5月6日”雄太郎伝説”の誕生

5月4日、大阪球場での南海6回戦。ローテーションの谷間で今井に先発のお鉢が回ってきた。試合前、梶本隆夫投手コーチに呼ばれた今井は紙コップを差し出された。「これ飲んで行け」。中身はビールだった。
「投手コーチの梶本(隆夫)さんがビールの入った紙コップを持ってき て、飲めと言うんだ。500mlだったかな。断ったんだけど、『どうせ、この試合が最後なんだから』って。酒は強かったから、『これくらいなら、なんてこ となかろう』と思って飲んだ。そしたら違ったんだよ。マウンドに上がったら、心臓がドキンドキンしてなぜか『キャッチャー、早うサインを出さんかい!』と 強気になれた。結局、7回まで投げて勝ったんだな」
【有名高校人脈】“野球後進県”の汚名振り払う日本文理の準V  - スポーツ - ZAKZAK (1530672)

ガニ股で腕がまっすぐ伸びて、かっこいい投球フォームではなかった
「実はその後も2~3試合飲んだ(笑)。だけどそのうち、飲まずにマウンドに上がっても平気になった。勝ち星を重ね、自信が付いてきたんだろうね」

完全試合

 昭和最後の完全試合は、1978年(昭和53年)8月31日、県営宮城球場で生まれた。ロッテ対阪急の後期8回戦。ロッテの投手は村田兆治。史上14人目、阪急球団史上初だった。三振3、内野ゴロ18、内野飛球4、外野飛球2、投球数はちょうど100球という内容だった。
 「最後の打者はピッチャーゴロ。緊張してボールが指から離れないような感覚だった」と今井は語っている。
「パーフェクトは7回くらいから意識した。最後の打者を投ゴロに打ち取った時は、大声を上げたいぐらい嬉しかったけど、一塁がとても遠く感じてドキドキした。何が良かったか?うーん、分かりません。シュートかな…」。雪国新潟育ち。あまり弁がたつほうではない。とつとつと話すと、あとはニコニコするばかりだった。
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そんな今井を見ながら上田利治監督が言った。「もともと力のある投手だったが、気迫というか、気持ちが弱い投手だった。それが変化球でストライクが取れるようになってから、マウンドでオドオドしなくなって見違えるような投手になった。もう8勝?2ケタ行くやろ」。
自信というのは恐ろしい。9月27日、川崎球場でのロッテ後期12回戦。この試合に勝てば阪急の前後期完全優勝という試合に先発したのは今井。パーフェクトに抑えた相手にグイグイ攻めの投球をみせ、8安打1失点完投勝利。完全試合に続いて、今度は正真正銘の胴上げ投手になった。
「夢のようです。完全試合よりうれしい」。リストラ寸前の男が最高の輝きを放った瞬間だった。

1984年阪急ブレーブス優勝の軌跡 - YouTube

山田久志 ブーマー 今井雄太郎 松永浩美

酒にまつわる逸話

普段は存在感の薄い投手だったが、酒にまつわる伝説は数限りない今井。アルコールが入る快活になり、振る舞いも変わった。上田監督の前の西本幸雄監督時代は門限破りの常習犯。おまけに監督の部屋を自室と間違え、そこで眠ってしまうという信じられない逸話の持ち主でもあった。
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完全試合をなしとげた試合にウイスキーを飲んで試合に臨んでいたといわれるが、上記の通り本人はこれを否定している。完全試合達成後の次の登板前に「完全試合して、そのあとたらふく飲んでるやろう、それを全部出せ」と練習中ずっとノックをさせられたという[5]。
出典 今井雄太郎-Wikipedia
夢と憧れの詰まった「阪急ブレーブスカードセット」 ( 野球 ) - 蹴球三昧!!! 清水エスパルス&清水第八プレアデス&日本代表 - Yahoo!ブログ (1530762)

阪急の黄金時代を支えた三投手
山田久志、今井雄太郎、山口高志
普段は、チームのエースで自身より1歳年長の山田久志を立てていた。が、宴席等で酒が過ぎると「山田さん、アンタ完全試合をやったことがありますか?」と絡みだすことが多く、チームメイトの間では「今井がこの話を始めたら宴会はお開き」という暗黙の了解が出来上がっていた。
出典 今井雄太郎-Wikipedia
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水島新司の漫画「あぶさん」にも登場した
新潟出身の大酒飲みということで、水島新司の漫画『あぶさん』では、同郷で同じく大酒飲みの主人公・景浦安武の親友として登場していた。これを読んだ今井の子供は「親父、いつも酔っぱらって野球やってるんか」と尋ねたという
出典 今井雄太郎-Wikipedia
完全試合を達成し胴上げされる今井

完全試合を達成し胴上げされる今井

通算130勝112敗、最多勝を2度獲得している
 現在のスポーツは科学の時代だ。スポーツで勝つために必要なのは鍛えられた強い肉体と精神力。肉体を鍛え運動能力を高めるために必要とされるのは、科学的なトレーニング方法や栄養学だ。また、プレッシャーに打ち克つ精神力を身につけるために必要とされるのは、心理学やメンタルトレーニングなのだ。現代ではスポーツにおいても科学的でないことは否定される。筆者が小学生の頃はウサギ跳びをやらされた。へばって走れないと「根性がない」と怒鳴られた。今は貧血かもしれないと血液検査をする時代だ。
 一杯飲った方が調子が出るなどと冗談で言うことはあろうが実際にはやらないだろう。今井雄太郎がプロでやっていくきっかけを与えた一杯のビール。”雄太郎伝説”を生んだのも昭和という時代だったからだろう。古き良き時代のことだ。
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