2016年11月26日 更新

【最強助っ人外国人】プロ野球の歴代最強外人って誰だと思いますか?週刊ベースボール社が球界人200人に聞いたベスト10。

「歴代最強助っ人外国人」、プロ野球のテーマの中でもこれについては議論が尽きることがありませんね。ひいきのチームも人それぞれですし諸説ありますが、そんな歴代最強助っ人外国人、週刊ベースボール社が球界人200人に聞いたベスト10をご紹介します。

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プロ野球「最強助っ人外国人」

野茂英雄の渡米以来、日本人プレイヤーがメジャーで活躍することは珍しくなくなりました。
侍ジャパンが世界一に輝いたこともあり、日本のプロ野球はすでに世界トップレベルであることが証明されています。
※商業的な成功は、まだまだメジャーがはるかに上かもしれませんが

しかし80~90年は、まだまだ日本のプロ野球にメジャーやマイナーから「助っ人外国人」が訪れるような時代。
もちろんいまも助っ人外国人はいますが、当時は今よりも「助っ人」感が強かったですね。

そんな歴代の助っ人外国人、週刊ベースボール社が球界人200人に聞いたベスト10がこちらになります。

一位はなんといってもあのヒト。
私たちの少年時代、強烈なインパクトを与えたのではなかったでしょうか。

第1位 ランディ・バース(阪神)

ランディ・バース

ランディ・バース

ランディ・バース

ランディ・ウイリアム・バス(Randy William Bass, 1954年3月13日 - )は、アメリカ合衆国オクラホマ州ロートン生まれの元プロ野球選手(内野手)、政治家。

1977年から1982年までMLB、1983年から1988年まで阪神タイガースでプレイ。
2004年からはオクラホマ州議会の上院議員(民主党)。

シーズン打率の日本記録保持者。2度の三冠王を獲得。

第2位 アレックス・ラミレス(ヤクルト-巨人-DeNA)

アレックス・ラミレス

アレックス・ラミレス

アレックス・ラミレス

アレキサンダー・ラモン・ラミレス(Alexander Ramon Ramirez , 1974年10月3日 - ) は、ベネズエラ・カラカス出身の元プロ野球選手(外野手)。

「ラミちゃん」の愛称や、本塁打を放った後にベンチ前で披露するパフォーマンスで知られていた。

2001年にヤクルトスワローズに入団して以来、10年以上にわたってNPBの3球団で活躍。

横浜DeNAベイスターズ時代の2013年には、NPB通算2000本安打を達成したことで、NPBの外国人枠適用経験選手では初めて名球会への入会を果たした。

第3位 アレックス・カブレラ(西武-オリックス-ソフトバンク)

アレックス・カブレラ

アレックス・カブレラ

アレックス・カブレラ

アレキサンダー・アルベルト・カブレラ(Alexander Alberto "Alex" Cabrera, 1971年12月24日 - )は、ベネズエラ出身のプロ野球選手(内野手)。

2001年から西武ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)でプレー。
64試合で30本塁打のプロ野球タイ記録など一年目から素晴らしい成績を残す。
二年目にはシーズン55本塁打という日本タイ記録の数字をマーク。
三年目も50本塁打という本数をマーク。

第4位 タフィ・ローズ(近鉄-巨人-オリックス)

タフィ・ローズ

タフィ・ローズ

タフィ・ローズ

カール・デリック・ローズ(Karl Derrick "Tuffy" Rhodes, 1968年8月21日 - )は、アメリカ合衆国オハイオ州出身の元プロ野球選手(外野手)。

日本では大阪近鉄バファローズ、読売ジャイアンツ、オリックス・バファローズに所属した。

通算本塁打数歴代13位・外国人枠打者歴代1位、シーズン本塁打数歴代2位タイ記録を保持。

第5位 ロバート・ローズ(横浜ベイ-千葉ロッテ)

ロバート・ローズ

ロバート・ローズ

ロバート・ローズ

ロバート・ローズ(Robert Richard "Bobby" Rose, 1967年3月15日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の元プロ野球選手。

横浜史上最高の外国人選手とも称される選手。日本プロ野球歴代2位となるシーズン打点記録保持者。

第6位 ロベルト・ペタジーニ(ヤクルト-巨人-ソフトバンク)

ロベルト・ペタジーニ

ロベルト・ペタジーニ

ロベルト・ペタジーニ

ロベルト・アントニオ・ペタジーニ(Roberto Antonio Petagine、1971年6月2日 - )は、ベネズエラ出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。

2001年MVP獲得。本塁打王2回。打点王1回。

第7位(同率) ブーマー・ウェルズ(阪急-福岡ダイエー)

ブーマー・ウェルズ

ブーマー・ウェルズ

ブーマー・ウェルズ

グレゴリー・ドウェイン・“ブーマー”・ウェルズ(Gregory DeWayne "Boomer" Wells , 1954年4月25日 - )は、アメリカ合衆国アラバマ州出身の元プロ野球選手(内野手)。

200cm、100kgの巨体からパワーヒッターを想像させるが、器用さと優れた選球眼を兼ね備えた打撃の名手であった。

非常に柔らかいスイングを持ち味とし、三振の少なさ、打率の高さは特筆に価する。通算打率.317は、4000打数以上では落合博満を上回り、右打者の最高成績である。

第7位(同率) オレステス・デストラーデ(西武)

オレステス・デストラーデ

オレステス・デストラーデ

オレステス・デストラーデ

オレステス・デストラーデ・ククアス(Orestes Destrade Cucuas , 1962年5月8日 - )は、キューバ出身の元プロ野球選手(内野手)、野球解説者。
日本での愛称はオーレ、カリブの怪人。

NPB初のスイッチヒッターでの本塁打王となるなど、左右両打席から本塁打を量産し、1980年代から1990年代前半の西武黄金期で最も印象に残った外国人選手とも言われる。

秋山幸二・清原和博と構成したクリーンナップはAKD砲と呼ばれ、他球団に恐れられた。

第7位(同率) ウィリー・モー・ペーニャ(ソフトバンク-オリックス-東北楽天)

ウィリー・モー・ペーニャ

ウィリー・モー・ペーニャ

ウィリー・モー・ペーニャ

ウィリー・モデスト・ペーニャ(Wily Modesto Peña, 1982年1月23日 - )は、ドミニカ共和国のバルベルデ州ラグナ・サラダ出身の東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(内野手)。右投げ右打ち。

かつては『サミー・ソーサ二世』と将来を期待され、マニー・アクタからは「35本塁打を打てるポテンシャルを備えている」と評された。

足も速い。走塁の意識が高く、一塁走者が一・二塁間で挟まれる間に本盗を成功させたり、レフトフライの間に一塁から二塁へとタッチアップを決めたりしている。

第10位 ラルフ・ブライアント(中日-近鉄)

ラルフ・ブライアント

ラルフ・ブライアント

ラルフ・ブライアント

ラルフ・ブライアント(Ralph Wendell Bryant , 1961年5月20日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州出身の元プロ野球選手(外野手)。

日本プロ野球選手時代は近鉄バファローズの主砲として活躍。三振を全く恐れないパワフルな打撃で多くの伝説的な本塁打を放ち、ファンの注目を集めた。

細身の体格ながらスイングスピードが非常に速く、強烈なライナーの打球が持ち味だった。

しかし豪快な打撃の反面三振が非常に多く、1シーズン200三振以上(204三振、1993年)を記録した日本で唯一の打者である。

現役時代はシーズン130試合制であったにもかかわらず、2013年現在においても日本のシーズン三振最多記録の上位4位までをブライアントが独占している。

通算三振数は1186で日本プロ野球史上24位(2011年9月現在)だが、三振数上位40名のうち、「出場試合数1000未満でランクインしている(773試合)」「三振数が出場試合数より上回っている」唯一の選手である。
みなさんの意見はいかがですか?

私の個人意見としては、巨人で活躍したウォーレン・クロマティの名前が入っていなかったのが残念です。
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