【70年代アーティスト】ミュージシャン細野晴臣とコラボした人や楽曲提供先が凄い!
2017年2月27日 更新

【70年代アーティスト】ミュージシャン細野晴臣とコラボした人や楽曲提供先が凄い!

今ではナレーションなどでおなじみになっていますが、70年代にミュージシャンとして活動していた細野晴臣が関わった人たちが凄いって知っていましたか?YMOだけじゃない細野晴臣がコラボした人たちと楽曲提供した人たちを含めた魅力と才能をクローズアップ!

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YMOにリーダーになるまで

細野晴臣

細野晴臣

ほそのはるおみ
生年月日:1947年7月9日
デビュー:1969年

YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のリーダーとして活動する前に1969年エイプリル・フールのベーシストとしてメジャーデビュー。以降、YMOが解散した後も音楽活動は精力的に行い現在はCMやテレビ番組のナレーションとしても活躍。
出典 amass.jp
メジャーデビューする1969年以前はギターを手に取りバンド活動をしてみたり漫画家を目指してみたりと多才さを少年の頃から表現していました。高校時代はボブ・ディランの影響を大きく受けボーカルに挑戦していた頃もあります。大学在学中にギターからベースに変更し数多くのバンドで音楽を追求しロックバンド「エイプリル・フール」のベーシストとしてメジャーデビューしました。

エイプリル・フール

エイプリル・フール

エイプリル・フール

ボーカル:小坂忠、ギター:菊池英二、キーボード:柳田博義 、 ベース:細野晴臣、ドラムス:松本零(現:松本隆)というメンバーで結成されたバンドでブルースロックの影響を大きく受けたバンドでした。レコーディングされたアルバムよりライブの方が走りやすいバンドだったとか。1696年で解散となりましたがのちの「バレンタイン・ブルー」となり改名して「はっぴいえんど」となったのですからすごいバンドだったということはわかります。

はっぴいえんど

はっぴいえんど

はっぴいえんど

出典 getnews.jp
1969年から1973年まで活動したバンドでメンバーは「エイプリル・フール」から残っているボーカル・ベース・ギター・キーボード担当の細野晴臣、ドラムス・パーカッション担当の松本隆、「バレンタイン・ブルー」の時に引き入れられたボーカル・ギター担当の大瀧詠一、ギター・ボーカル担当の鈴木茂の4名で結成されました。このバンドの音楽は発売当初サブカルチャー扱いでしたが1990年以降にJ-POPへ多大な影響を与えたバンドとして再注目されました。

Happy End - Kaze Wo Atsumete 風をあつめて"Gather the Wind" (Live 1985) All Together Now

はっぴいえんど再結成~ALL TOGETHER NOWライヴ~前半

はっぴいえんど再結成~ALL TOGETHER NOWライヴ~後半

1972年に正式解散したからのメンバーの活躍は知らない人がいないほどで多方面に影響を与えています。そしてその音楽性を引き継いだバンドがたくさん活躍していってくれることで先駆者たちが残した軌跡も受け継がれていくのだと感じました。

ティン・パン・アレー

ティン・パン・アレー

ティン・パン・アレー

「はっぴいえんど」解散後はソロ活動していた細野晴臣が「キャラメル・ママ」というバンドを始めます。そのメンバーはベース・ボーカル・ギター・キーボード担当を細野晴臣、ギター・ボーカル担当を鈴木茂、キーボード担当を松任谷正隆、佐藤博、ドラム担当として林立夫の5名で結成され、バンド名を「ティン・パン・アレー」に変えて1973年から1977年まで活動し最近では2000年に「Tin Pan」復活結成され音楽活動をしています。

TIN PAN ALLEY HongKong Blues

TIN PAN ALLEY Peking Duck

バンド活動はもちろんなのですが、どちらかと言えば音楽プロデュースの色が大きく荒井由実(松任谷由実)やいしだあゆみなど当時歌手として活躍していたミュージシャンをプロデュースや楽曲提供などしていますが、各々の活動が忙しくなり自然消滅という残念な結果となってしまいました。
2000年に「Tin Pan」として突如復活するまではソロ活動をメインに活動していたようです。

細野晴臣としてソロ活動

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確かにイエロー・マジック・オーケストラは、日本の音楽の歴史を塗り替え、世界的にも多くのアーティストに多大な影響を与えました。しかし、細野晴臣がYMOを結成する前に作り上げた一連のソロ・アルバムの素晴らしさときたら筆舌に尽くし難いものがあります。全作名盤というマニアのものだけにしておくには勿体ないですよ!
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