日本のテレビは1953年から放送開始!!
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第二次世界大戦終戦から8年後の1953年、日本において、テレビジョン放送が開始する。まず2月1日午後2時、NHKが東京でテレビ本放送を開始。当時は一日の放送時間は約4時間程度で、また、テレビカメラがわずか5台しかなく、フィルム取材によるニュースや劇場映画などを除き大部分の番組が生放送の時代だった。
続く8月28日には、民間放送テレビ第1号となる日本テレビ放送網が開局する。同局は開局に先立ち関東地方全域に街頭テレビを設置。主にスポーツ中継(巨人戦、大相撲本場所、プロレス中継など)が人気を博す。
また、日本テレビの開局と共にテレビコマーシャルの放送も始まった。その第1号は精工舎(現・セイコーホールディングス)の時報(正午、夜7時の2回)であった。
放送開始当時は子供向け番組が人形劇だけだった!?
放送開始直後には、子供向け番組として『マリオネット』(人形劇)がNHKで放送されていた。当時、NHK専属劇団であった結城座による糸操り人形劇であった。演目としては、玉藻前(たまものまえ)や猿飛 佐助(さるとび さすけ)などの時代物であった。
だが、正直なところ、私はこの頃の記憶が全然ありません!! なぜなら、私の家にテレビがありませんでした(^^;。
だが、正直なところ、私はこの頃の記憶が全然ありません!! なぜなら、私の家にテレビがありませんでした(^^;。
50年代後半は時代物が多かった思い出が!!
◆T14. 赤胴鈴之助 上高田少年合唱団
『赤胴鈴之助』(あかどうすずのすけ)は、福井英一と武内つなよしによる漫画で、ラジオドラマ化や映画化、アニメ化もされた。
北辰一刀流千葉周作道場の少年剣士、金野鈴之助の活躍を描がいており、父親の形見である赤い胴(防具)を着けることから「赤胴鈴之助」と言われた。
読みきり作品である『よわむし鈴之助』を元に1954年、『少年画報』に第1回が掲載されたところで福井が急逝してしまったため、武内が後を継ぎ、見事に人気漫画に育て上げた。
昭和32年(1957)1月~同34年(1959)2月までラジオ東京(現TBSラジオ)で放送されたラジオドラマ『赤胴鈴之助』の主題歌ですが、後に主題歌はまったく同じでテレビと映画で実写版の物が放映された(ラジオ東京【現・TBSテレビ】で1957年10月2日 - 1959年3月25日に放送。全55話。放送時間は毎週水曜18:15 - 18:45)。私はうる覚えですが、その実写版のをテレビで見た記憶がある。
北辰一刀流千葉周作道場の少年剣士、金野鈴之助の活躍を描がいており、父親の形見である赤い胴(防具)を着けることから「赤胴鈴之助」と言われた。
読みきり作品である『よわむし鈴之助』を元に1954年、『少年画報』に第1回が掲載されたところで福井が急逝してしまったため、武内が後を継ぎ、見事に人気漫画に育て上げた。
昭和32年(1957)1月~同34年(1959)2月までラジオ東京(現TBSラジオ)で放送されたラジオドラマ『赤胴鈴之助』の主題歌ですが、後に主題歌はまったく同じでテレビと映画で実写版の物が放映された(ラジオ東京【現・TBSテレビ】で1957年10月2日 - 1959年3月25日に放送。全55話。放送時間は毎週水曜18:15 - 18:45)。私はうる覚えですが、その実写版のをテレビで見た記憶がある。
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TV画面をカメラ撮影しました風小僧(目黒祐樹)
『風小僧』(かぜこぞう)は、北村寿夫原作の『紅孔雀』に登場する風の小六の別名。および、彼を主役にした東映製作の時代物。
東映が製作した初のテレビ作品である。全部で52話製作されているが、放送局によっては順番差し替えや未放送となっている。
1958年12月2日に西日本放送(RNC)で初放送。同月には静岡放送(SBS)、RKB毎日放送(RKB)などでも放送された。1959年には三洋電機の一社提供により、開局間もない日本教育テレビ(NET)にて2月3日 - 12月29日の19時00分 - 19時30分に放送された(全48話)。関西地区では、NETとネットワークを結んだ毎日放送(MBS)が3月1日に開局したため、3月3日 - 12月29日の放送であった。
東映が製作した初のテレビ作品である。全部で52話製作されているが、放送局によっては順番差し替えや未放送となっている。
1958年12月2日に西日本放送(RNC)で初放送。同月には静岡放送(SBS)、RKB毎日放送(RKB)などでも放送された。1959年には三洋電機の一社提供により、開局間もない日本教育テレビ(NET)にて2月3日 - 12月29日の19時00分 - 19時30分に放送された(全48話)。関西地区では、NETとネットワークを結んだ毎日放送(MBS)が3月1日に開局したため、3月3日 - 12月29日の放送であった。
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◆T15. 笛吹童子 (ステレオ) ひばり児童合唱団
笛吹童子(ふえふきどうじ)は北村寿夫(きたむらひさお)の脚本によるラジオドラマであった。NHKの新諸国物語の第2作として1953年(昭和28年)に放送された。 放送期間は1953年1月5日 - 12月31日。同に年小説化され、以降、何度か映画化やテレビドラマ化されたが、ラジオドラマの主題歌がそのまま映画やテレビドラマの主題歌になっている。当時はそれが当たり前の時代であった。
テレビドラマの放映時期は1960年5月6日 - 12月30日:放映テレビ局 NET(全35話):製作会社:東映
テレビドラマの放映時期は1960年5月6日 - 12月30日:放映テレビ局 NET(全35話):製作会社:東映
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白馬童子 ハウディのカラオケ・カバー
『白馬童子』(はくばどうじ)は、巌竜司原作による作品であり、これを元に制作されたテレビ時代劇作品。テレビでは1960年1月5日から1960年9月20日までの全38回 NET(現・テレビ朝日)で放映された。
時の将軍の落胤である浪人、葵太郎が、事件が起こるたびに白装束に身を包んだ『白馬童子』となって『流れ星』という名の白馬に乗って登場し、『日輪丸』という名の刀を振りかざして得意の電光二刀流を以って悪人たちを退治し、解決していくという物語。原作は、南村喬の作画によって、少年画報(少年画報社)において連載もされていた。同時期に一峰大二の作画で冒険王(秋田書店)にも連載されていた。
テレビ版では、前番組『風小僧』で主演を務めた山城新伍が本作でも引き続き主演を勤め、当時の子供たちを中心に大きな人気を集めて高視聴率を獲得し、俳優・山城としての当たり役となり、代表作となった。テレビでは、長崎が舞台の『南蛮寺の決斗』に始まり、江戸を目指して東へ旅を続ける物語となっており、おおよそ1か月一篇のペースで9篇製作された。
この頃よく家の路地で手ぬぐいを口に巻いて白馬童子ごっこなど、ちゃんばらに明け暮れる日々だったなあ!!
時の将軍の落胤である浪人、葵太郎が、事件が起こるたびに白装束に身を包んだ『白馬童子』となって『流れ星』という名の白馬に乗って登場し、『日輪丸』という名の刀を振りかざして得意の電光二刀流を以って悪人たちを退治し、解決していくという物語。原作は、南村喬の作画によって、少年画報(少年画報社)において連載もされていた。同時期に一峰大二の作画で冒険王(秋田書店)にも連載されていた。
テレビ版では、前番組『風小僧』で主演を務めた山城新伍が本作でも引き続き主演を勤め、当時の子供たちを中心に大きな人気を集めて高視聴率を獲得し、俳優・山城としての当たり役となり、代表作となった。テレビでは、長崎が舞台の『南蛮寺の決斗』に始まり、江戸を目指して東へ旅を続ける物語となっており、おおよそ1か月一篇のペースで9篇製作された。
この頃よく家の路地で手ぬぐいを口に巻いて白馬童子ごっこなど、ちゃんばらに明け暮れる日々だったなあ!!
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ど~このだ~れだか知らないけれど!!
月光仮面 主題歌
月光仮面(げっこうかめん)は、KRテレビ(現・TBSテレビ)と宣弘社が制作し、『タケダアワー』第1作として1958年(昭和33年)2月24日から1959年(昭和34年)7月5日まで放送されたテレビ冒険活劇番組。
日本初のフィルム製作による国産連続テレビ映画であり、日本のヒーロー番組の元祖でもある。時代劇と探偵活劇の要素を組み合わせた作風は、その後のヒーロー番組に多大な影響を与えている。
漫画化された後に実写映画化されている。その後、1972年にアニメテレビドラマ化、1981年に実写映画化、1999年にはキャラクターを転用したテレビギャグアニメ化もされた。
日本初のフィルム製作による国産連続テレビ映画であり、日本のヒーロー番組の元祖でもある。時代劇と探偵活劇の要素を組み合わせた作風は、その後のヒーロー番組に多大な影響を与えている。
漫画化された後に実写映画化されている。その後、1972年にアニメテレビドラマ化、1981年に実写映画化、1999年にはキャラクターを転用したテレビギャグアニメ化もされた。
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[元祖特撮ヒーロー]テレビドラマ版「月光仮面」は誰でしょう? - Middle Edge(ミドルエッジ)
月光仮面は誰だったか、どんな話だったか、うっかり忘れてしまった人は、ぜひご覧ください。
遊星王子オープニング
『遊星王子』(ゆうせいおうじ)は、1958年(昭和33年)11月11日 - 1959年(昭和34年)9月4日に日本テレビ系で放映された日本の特撮・連続テレビ映画であり、1959年製作・公開、若林栄二郎監督による日本の劇場用映画である。主人公の名称を題名としたものであり、テレビ映画の製作は宣弘社プロダクション。
宣弘社のテレビヒーロー第2弾であり、日本初の宇宙人を主人公とするテレビヒーローであった。地球を宇宙連邦に加えるべく、遊星からやってきた遊星王子の地球での活躍を描くというもの。
前作『月光仮面』は「和製スーパーマン」を目指したが、本作ではよりSF色を強め「和製スーパーマン」の色合いをさらに強めた。これは本作の頃には『スーパーマン』などのアメコミヒーローが日本に上陸しており、日本の子供達に人気を博していたためである。遊星王子は空飛ぶ円盤を持っており、敵を追跡するときなどしばしば使用した。
宣弘社のテレビヒーロー第2弾であり、日本初の宇宙人を主人公とするテレビヒーローであった。地球を宇宙連邦に加えるべく、遊星からやってきた遊星王子の地球での活躍を描くというもの。
前作『月光仮面』は「和製スーパーマン」を目指したが、本作ではよりSF色を強め「和製スーパーマン」の色合いをさらに強めた。これは本作の頃には『スーパーマン』などのアメコミヒーローが日本に上陸しており、日本の子供達に人気を博していたためである。遊星王子は空飛ぶ円盤を持っており、敵を追跡するときなどしばしば使用した。
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少年ジェット(ビクター児童合唱団他) 歌:青春太郎
『少年ジェット』(しょうねんジェット)は、雑誌『ぼくら』に連載された武内つなよし作の漫画作品、およびそれを原作とする特撮テレビ番組(1959年3月4日から1960年9月28日まで大映テレビ室製作でフジテレビ系)である。
名探偵船越宏(ふなこし ひろし)の助手である少年ジェットこと北村健(きたむら たけし)は白いマフラー姿でオートバイに乗り、シェパードの愛犬シェーンとともに怪盗ブラック・デビルをはじめとする悪人たちに立ち向かう。ジェットを見守るのが私立探偵の船越と警視庁の荒川課長である。漫画版では船越は「紅さそり」冒頭で殺害されるが、テレビ版ではアメリカに勉強に行くという設定で姿を消す。ジェットの武器は拳銃に似た「スーパーコルト」、必殺技は「ミラクルボイス」。少年ジェットは正義の味方であるので、悪人といえども決して殺さず、スーパーコルトは引き金を引くと火を噴いて相手をしびれさせ、ミラクルボイスも「ウー、ヤー、ター!」と大声を出して震動を起こし敵を失神させる技である。ミラクルボイスは人気を博し、「ウー、ヤー、ター!」は流行語となった。
名探偵船越宏(ふなこし ひろし)の助手である少年ジェットこと北村健(きたむら たけし)は白いマフラー姿でオートバイに乗り、シェパードの愛犬シェーンとともに怪盗ブラック・デビルをはじめとする悪人たちに立ち向かう。ジェットを見守るのが私立探偵の船越と警視庁の荒川課長である。漫画版では船越は「紅さそり」冒頭で殺害されるが、テレビ版ではアメリカに勉強に行くという設定で姿を消す。ジェットの武器は拳銃に似た「スーパーコルト」、必殺技は「ミラクルボイス」。少年ジェットは正義の味方であるので、悪人といえども決して殺さず、スーパーコルトは引き金を引くと火を噴いて相手をしびれさせ、ミラクルボイスも「ウー、ヤー、ター!」と大声を出して震動を起こし敵を失神させる技である。ミラクルボイスは人気を博し、「ウー、ヤー、ター!」は流行語となった。
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七色仮面 オリジナル バージョン
『七色仮面』(なないろかめん)は、日本のテレビドラマ。変身ヒーローを題材とした特撮作品で、1959年6月3日から1960年6月30日までNET系で放映された。1960年1月7日の第5部から主演が波島進から千葉真一へ交代、タイトルも『新 七色仮面』(しんなないろかめん)と改められた。制作は東映。
『月光仮面』の川内康範が、七つの顔を持つ男・多羅尾伴内をモチーフにして作り上げた。東映初の仮面ヒーローものであり、『月光仮面』と並び黎明期のテレビ番組を代表するヒーローであった。
『月光仮面』の川内康範が、七つの顔を持つ男・多羅尾伴内をモチーフにして作り上げた。東映初の仮面ヒーローものであり、『月光仮面』と並び黎明期のテレビ番組を代表するヒーローであった。
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少年探偵団の歌 初版オリジナルSP盤原音
『少年探偵団』(しょうねんたんていだん)はフジテレビ系列で1960年11月3日から1963年9月26日にかけて放送されたテレビドラマである。木曜19:30~20:00に放映、全152話。
『怪人二十面相』(かいじんにじゅうめんそう)という番組が、日本テレビ系列で1958年11月23日から1960年6月5日まで放送されたいたのであるが、それに続く少年探偵団の映像化で、日テレ版と同じく生放送形式で放映された。内容は『妖怪博士』など原作の映像化の他、江戸川乱歩の一般向け小説をリライトした「名探偵明智小五郎文庫」も採り入れられている。主題歌はラジオドラマ、映画版でも使われた「少年探偵団の歌」(作詞:壇上文雄、作曲:白木 治信)で上高田少年合唱団が担当した。
なお、私は、日テレの『怪人二十面相』に関しては思い出がないので、多分見ていなかったのでしょう!!
『怪人二十面相』(かいじんにじゅうめんそう)という番組が、日本テレビ系列で1958年11月23日から1960年6月5日まで放送されたいたのであるが、それに続く少年探偵団の映像化で、日テレ版と同じく生放送形式で放映された。内容は『妖怪博士』など原作の映像化の他、江戸川乱歩の一般向け小説をリライトした「名探偵明智小五郎文庫」も採り入れられている。主題歌はラジオドラマ、映画版でも使われた「少年探偵団の歌」(作詞:壇上文雄、作曲:白木 治信)で上高田少年合唱団が担当した。
なお、私は、日テレの『怪人二十面相』に関しては思い出がないので、多分見ていなかったのでしょう!!
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小さい頃は少年探偵団と怪人20面相に夢中になりました - Middle Edge(ミドルエッジ)
怪奇なストーリー、怪人20面相の変装、明智先生と推理と少年探偵団の勇気ある活躍で毎回楽しみでした。
少年探偵団にも年代別に色々な番組が放送されていて、ミドル・エッジにも少年探偵団(BD7)についての記事がありますので、ご一読下さい。
まぼろし探偵の歌(岩瀬 寛&上高田少年合唱団) 歌:青春太郎
『まぼろし探偵』(まぼろしたんてい)は、1957年に『少年画報』に連載された桑田次郎(現:桑田二郎)の漫画作品、およびそれを原作としたラジオドラマ、特撮テレビ番組(1959年4月1日から1960年3月27日の毎週水曜日18:15 - 18:45までKRT(現:TBSテレビ)にて放映された)である。
なお、吉野さくら役として吉永小百合が出演していた。
なお、吉野さくら役として吉永小百合が出演していた。
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快傑ハリマオ オリジナル バージョン
『快傑ハリマオ』(かいけつハリマオ)は、1960年4月5日 - 1961年6月27日まで日本テレビ系ほかで放送されていた日本のテレビ映画である。
『月光仮面』を制作した宣弘社の制作による、第4作目のテレビ映画。5部作全65話。太平洋戦争直前の東南アジアやモンゴルを舞台に、正義の日本人男性・ハリマオが、東南アジア(第4部を除く)を支配する某国の軍事機関、彼らと結託する死の商人や秘密結社、スパイ団と戦う冒険活劇である。原作は、海洋小説を得意とした直木賞作家の山田克郎が1955年から2年間、日本経済新聞夕刊に連載した児童小説『魔の城』である。
『月光仮面』を制作した宣弘社の制作による、第4作目のテレビ映画。5部作全65話。太平洋戦争直前の東南アジアやモンゴルを舞台に、正義の日本人男性・ハリマオが、東南アジア(第4部を除く)を支配する某国の軍事機関、彼らと結託する死の商人や秘密結社、スパイ団と戦う冒険活劇である。原作は、海洋小説を得意とした直木賞作家の山田克郎が1955年から2年間、日本経済新聞夕刊に連載した児童小説『魔の城』である。
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