影をも踏ませぬ逃走劇!坂路の申し子『ミホノブルボン』
2017年1月13日 更新

影をも踏ませぬ逃走劇!坂路の申し子『ミホノブルボン』

戸山調教師のスパルタ調教により『坂路の申し子』として皐月賞、日本ダービーを無敗で制したミホノブルボン。 その衝撃的な逃げ馬の伝説を振り返ります。

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誕生~デビューまで

ミホノブルボンは1989年4月25日、父マグニチュード 母カツミエコーの間に生まれました。
競走馬として取引された時の価格は、700万円と競走馬売買としては非常に低価格での取引となりました。
3歳となったミホノブルボンは『スパルタ調教』で名を馳せる関西の戸山厩舎に預けられることになりました。

戸山調教師の信念である『鍛えて馬を強くする』を実践し、徹底的なスパルタ調教はサークル内でも賛否両論でしたが、ミホノブルボンは1日に4本もの坂路調教をこなしメキメキと力をつけました。

衝撃のデビュー戦 ミホノブルボン伝説の幕開け

こうして迎えたデビュー戦は9月7日中京競馬場 芝1000mが選ばれ、鞍上は戸山調教師の弟子 小島貞博騎手が指名されました。

レースはスタートで出遅れながらも、他馬と比較にならない圧倒的なスピードで終わってみれば3歳コースレコードで圧勝という衝撃的なデビューを飾りました。

ミホノブルボン 第1戦3歳新馬 芝1000(良)

続く2戦目(東京競馬場 芝1600m500万下)は出遅れることもなくスタートから快調に飛ばし2着に6馬身差の快勝。
『西の怪物』として関東の競馬ファンの瞼にもミホノブルボンの強さが鮮烈に印象づけられました。

ミホノブルボン 第2戦3歳500万下 芝1600(良)

3戦目となる3歳チャンピオン決定戦、朝日杯3歳ステークス(中山競馬場 芝1600mGⅠ)では、抑える競馬を覚えさせようと鞍上小島貞弘騎手が手綱を抑えましたが、作戦が上手くいかずヤマニンミラクルの猛追にあいますがハナ差で抑え込み、見事に3連勝でGⅠレースを制しました。

第43回 朝日杯3歳S  ミホノブルボン

名実ともに世代のトップに立ったミホノブルボンに課せられた次なる目標は、もちろんクラッシックレース制覇です。
元来短距離適性として評されるミホノブルボンにとって、皐月賞(2000m)、日本ダービー(2400m)、菊花賞(3000m)への挑戦は、自らの限界への挑戦でもありました。
年が明け、ミホノブルボンの初戦は1月のシンザン記念を予定していましたが、調教中に捻挫をしたため目標を3月末のスプリングステークス(中山競馬場 芝1800mGⅡ)へと切り替えました。

その血統構成から、影では距離に対する限界説が囁かれていたミホノブルボンですが、そんな噂を吹き飛ばすかのように見事な逃げで2着に7馬身差をつけ圧勝してみせました。

ミホノブルボン 第4戦スプリングS G2 芝1800(重)

戸山調教師「納得のいかないレースをするようなら皐月賞をきっぱりあきらめ短距離路線を進む」

皐月賞

クラシック最初の関門、皐月賞(中山競馬場 芝2000mGⅠ)では1.4倍の堂々の一番人気となり、レースでは終始安定したペースで先頭をキープし、最後の直線でも後続の追撃を許さず見事に逃げ切って優勝。
5連勝でクラシックを制覇しました。
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