盟友・柴田政人騎手の引退
7月の高松宮杯(中京競馬場 芝2000mGⅡ)で戦線復帰したウイニングチケットですが、その背中には盟友 柴田政人騎手ではなく、柴田政人騎手の甥でもある柴田善臣騎手が。
復帰戦で1番人気に押されたウイニングチケットでしたが結果はまさかの5着。前年の日本ダービーで見せた鋭い末脚爆発は見られませんでした。
復帰戦で1番人気に押されたウイニングチケットでしたが結果はまさかの5着。前年の日本ダービーで見せた鋭い末脚爆発は見られませんでした。
自分を男(ダービージョッキー)にしてくれた盟友ウイニングチケットの背中に戻ることを夢みて、懸命のリハビリを続けた柴田政人騎手ですが、その夢はかなわず、同年9月に引退を表明しました。
屈腱炎発症~引退へ
秋緒戦となるオールカマー(中山競馬場 芝2200mGⅡ)に新パートナー武豊騎手を迎え挑み、結果はライバル・ビワハヤヒデの後塵を拝し2着でしたがダービー馬復活の兆しが見えたレースでした。
そして迎えた秋の天皇賞(東京競馬場 芝2000mGⅠ)。ビワハヤヒデに次いで2番人気に支持されたウイニングチケットでしたが、まったく見せ場もなく8着に惨敗・・・。実は、このレース中に屈腱炎を発症していました。
そして迎えた秋の天皇賞(東京競馬場 芝2000mGⅠ)。ビワハヤヒデに次いで2番人気に支持されたウイニングチケットでしたが、まったく見せ場もなく8着に惨敗・・・。実は、このレース中に屈腱炎を発症していました。
1994年(H6)天皇賞(秋) ~ネーハイシーザー
via www.youtube.com
右前脚に発症した屈腱炎は重傷で、翌日、ウイニングチケットの引退が発表されました。
わずか2か月前に引退をした柴田政人騎手のあとを追うようにターフを去ったウイニングチケット。
よく競馬用語で「一生に一度の脚を使う」という表現が使われますが、ウイニングチケットの「一生に一度の脚」は、苦楽を共にした盟友・柴田政人騎手の積年の夢を叶えるために日本ダービーで見せたあの豪脚がまさにそうだったのでしょう。
わずか2か月前に引退をした柴田政人騎手のあとを追うようにターフを去ったウイニングチケット。
よく競馬用語で「一生に一度の脚を使う」という表現が使われますが、ウイニングチケットの「一生に一度の脚」は、苦楽を共にした盟友・柴田政人騎手の積年の夢を叶えるために日本ダービーで見せたあの豪脚がまさにそうだったのでしょう。
同馬の引退式で、柴田騎手は苦楽を共にした同士についてこう語っている。
「ウイニングチケットは僕にダービーを獲らせるために生まれてきたような気がします。一生忘れられない馬です」
【柴田政人】ウイニングチケット 全レース ダイジェスト【競馬】
via www.youtube.com
引退後~種牡馬~現在
引退後は種牡馬となったウイニングチケットでしたが、その産駒に大きな活躍はなく、2005年までで種牡馬を引退。産駒の重賞勝ちはヴェルグチケットの1勝止まりでした。
現在は、ヒシマサルとともに「うらかわ優駿ビレッジAERU」で功労馬としてのんびりと余生を送っています。
現在は、ヒシマサルとともに「うらかわ優駿ビレッジAERU」で功労馬としてのんびりと余生を送っています。