平成に誕生した横綱の「引退」をまとめてみました!
2019年1月17日 更新

平成に誕生した横綱の「引退」をまとめてみました!

稀勢の里が引退になりましたねぇ・・・ ケガでだいぶ苦しんだ横綱でしたね。今回はそんな平成の横綱の引退を中心に振り返ってみたいと思います。名場面を思い出して、目頭が熱くなるかもしれませんよ!

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大相撲ダイジェスト 鬼の形相 貴乃花22回目の優勝

66代横綱 若乃花勝

花田 虎上(はなだ まさる、1971年1月20日 - )は、元大相撲力士で第66代横綱の3代目若乃花、実業家、タレント、スポーツキャスター。本名、花田 勝(はなだ まさる。
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初土俵と入幕

初土俵は1988年3月場所、入幕は1990年9月場所でした。

初土俵以降、順調に出世を重ねていったのですが、弟であった貴乃花には一歩出遅れることになりました。それでもすぐに新十両となり、大活躍しましたね(^^)/

1993年7月場所には最後まで優勝を争い、横綱曙・大関貴ノ花と共に3名で優勝決定巴戦に出場しました。これはほんとに盛り上がりました!

横綱、そして引退

横綱土俵入りでは、後継者が少ない「不知火型」を敢えて選択しました。
短命に終わるというジンクスがある「不知火型」ですが、残念なことにそれが的中してしまいます。
ケガに泣かされることになるんですねぇ。

そして、2000年3月場所。
横綱時代は休場の方が多くかつ横綱の地位で一度も幕内優勝出来ず、十分にその役目を果たせなかった若乃花。
庇うわけではありませんが、色々と心的苦労も多かったのではないでしょうか?
騒がれ過ぎて注目され過ぎて、大変な立場であったと思います。

若乃花の現役時代の取組

若乃花勝激闘50番

67代横綱 武蔵丸光洋

武蔵丸 光洋(むさしまる こうよう、1971年(昭和46年)5月2日 - )は、アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島出身(生まれはアメリカ領東サモア)で武蔵川部屋所属の元大相撲力士・タレント。第67代横綱。本名同じ、旧名・米国名:フィアマル・ペニタニ(Fiamalu Penitani)。身長192cm、体重235kg。
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初土俵と入幕

初土俵は1989年9月場所、入幕は1991年11月場所でした。

武蔵丸は相撲の経験が無かったのですが、勧誘を受け「大きな体を生かして家計を助けよう」と決心し武蔵川部屋に入門しました。

始めて番付に名前が載った11月場所で7戦全勝の序ノ口優勝を果たします。
その後も順調に勝ち続け、十両を2場所で通過します。
大関昇進時の口上は「日本の心を持って相撲道に精進致します」でした。日本人以上に日本の心を意識してくれた武蔵丸には頭が下がります。

横綱、そして引退

武蔵丸の横綱昇進により、平成時代に入ってからは2例目の曙・貴乃花・若乃花・武蔵丸の4横綱となりました。ちなみに、1996年1月に帰化しており、横綱昇進時は日本人でした。

武蔵丸が横綱に昇進した1999年は、初めての年間最多勝を受賞しました。
武蔵丸には派手さはなかったものの、力士としての本物の強さを感じたものです。

2003年11月場所で引退。
アメフト時代に痛めた首は、ずっと武蔵丸を苦しめていたといいます。加えて手首のケガもあり、苦労した横綱時代だったと思います。

個人的に大好きな横綱でした(^^)/

武蔵丸 引退の時

【大相撲】横綱の矜持 第67代横綱 武蔵丸(現・武蔵川親方) 【SUMO】

68代横綱 朝青龍明徳

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